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ラナク海戦⑤

 入り江への侵入を防ぐように、ほぼ一直線の堅固な防御壁が完成する。一見簡単に突破できそうに見えるが、小型の帆船による推進力では、この筏を破壊するだけの威力は出せない。当然、中型船や大型船で突入すれば、即席の防御壁など木っ端微塵になるだろう。しかし、筏を固定するために打ち付けた丸太が、今度は船底に穴を開ける。穴の開いた大型船など、ほんの数分で海底行きである。


 その完成を見届けたルキャナンは、すぐに次の行動に移る。

「よし、行くぞ。南側にいる奴等にも分かるように、合図の狼煙を上げろ」

 そう部下に告げると、海岸線を走り始める。


 入り江は幅が約400メートル、奥行きが200メートルの台形をしている。満潮時の海岸線よりも5メートルほどの位置で停止し、南側の様子を窺う。南側の兵士達が対岸に揃ったことを確認すると合図を送った。


 事前に沈めていた漁礁を、両側から引いて立たせる。たったそれだけの動きにより、海岸線に強固な防御柵が出来上がった。漁礁という名目で、予め組んだ木枠を沈めておいたのだ。それを立てる事により、防御柵を一瞬にして作ってしまったのだ。


「よし、潮が引いているうちに防御柵を固定しろ。桟橋部分にできる穴は、街中に分散してある木を集めて塞げ。分かったら、すぐに行動に移せ!!」

「「「「「おお―――!!」」」」」

 駆け出す兵士達。それを見届けたルキャナンは、戦闘の準備に取り掛かった。


「それにしても、何という知略だ・・・」

 入り江に出現した防御壁、そして、内側に張り巡らされた防御柵。それらを眺めながら、ルキャナンは感嘆の声を漏らす。歴戦の猛者であるルキャナンは、マリアを軍事顧問に任命したクルサード辺境伯を見限ろうとした。たかが10代の小娘に軍事の何が分かるのか。娘可愛さに、辺境伯は有り得ない判断をした。そう捉えていたのだ。


 しかし、就任後の作戦や兵士の修練方法の確立。何より、マリアの兵士や住民を思う心に接し、ルキャナンは自分が間違っていたことを思い知らされた。そして、目の前に広がる信じられない光景である。

 軍事に携わる者であれば、4倍の兵力に攻められた場合、速やかに撤退するしかないと思っている。しかし、マリアは撤退することを許さなかった。住民が築いてきた歴史や富を簡単に放棄することはできないと宣言し、そして、勝つための秘策を次々と打ち出したのだ。それは、ルキャナンを始めとする、全ての兵士達を納得させ、奮い立たせるに十分な作戦だった。


「絶対に勝つ。マリア様に勝利を捧げるぞ!!」



 全ての準備が整い、あとはユーグロードの船団を待つのみとなった。満潮は正午であるが、潮流が緩やかになり、渡航が可能となるのはその前後1時間の間だ。そうであれば、ユーグロード軍の襲来は午前11時30分前後ということになる。


 その予測通りの時刻に、入り江の先端に配置している弓隊から、ユーグロード船団発見の狼煙が上がった。こうして、後世に「ラナク海戦」と呼ばれる戦いの幕が切って落とされた。


 押し寄せる船団は、ソマリの港に陣取るマリアからも見えた。水平線を埋め尽くす船。小型の軍船を先頭に、中型、大型の帆船がそれに続く。その数はざっと50隻近く。マリアを始め、兵士達もこれだけの大船団を目にしたことはなかった。出兵数や船団の構成を予測していたマリアでさえ、その威容に眩暈を覚えた。


 先陣を切る軍船が、いよいよ入り江の入口に差し掛かる。しかし、その場で何かに気付いて停船する。それは、後から続いた中型帆船も同様であった。そこには、マリアが仕掛けた、船避けの防壁が設置されていたのだ。


 その防壁を前にし、軍船と中型帆船が停止している姿を目にしたラバナル評議員が叫ぶ。

「お前達は何をやっているんだ。そんな筏など、強引に突破すれば良いだろう!!」

 しかし、その指示を聞いてもなお、軍船は動かなかった。軍船からは防壁の構造が見え、小型の船での突破が困難であると理解していたのだ。


「ええい!!目の前の中型船に突撃を命じろ。このまま、ここにいても仕方ないだろ。少々の犠牲は構わん!!」

 唾を撒き散らすラバナルの言葉に、渋々突撃の指示を出す補佐官。何はともあれ、この船団の指揮官はラバナルなのである。


 防壁の一角を突破しようと、中型船が筏の防壁に突撃する。

 しかし、次の瞬間、轟音を響かせて船はその場に停止した。しかも、船底に穴が開いたらしく、船員や兵士達が慌しく動き回っている。一気に海中に沈んでいく船体。どうすることもできず、乗り込んでいた者達が海に飛び込んでいく。


「何だ?一体、何が起きたというのだ?」

 事態を飲み込めないラバナルは、その様子を見て狼狽する。何もしないうちから、中型船を失ったのだ。それに、補佐官が答えた。

「筏の下には、丸太が差し込まれています。強引に突破をしようとすると船底に刺さり、穴が開くようになっているようです」


 ラバナルは絶句した。その周到な準備に、この戦いが苦戦することを理解したのだ。


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