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ラナク海戦③

 決戦当日の早朝、干潮の潮止まりを利用して、一隻の船がイスタグローグへと出発した。この船にはギリギリまで偵察を続けていた、ユーグロード側の密偵が乗っていた。この密偵が撤退したことにより、全ての情報収集が終了したのだ。


 あらゆる伝を使い、可能な限りの情報を集め、密偵は勝利を確信していた。アルムス帝国、ソマリを守護する将は女であり、何の経験も無い愚将である。これだけの情報が漏洩している中で、何の準備もしていない―――と。


 しかし、その船の出発を眺めている人物がいた。それは、バトルドレスを纏ったマリアだった。船が遠くなり、互いに視認できなくなると同時に、マリアは指示を出した。


「ルキャナン隊長はソマリの北へ。カーナル隊長は南へ。それぞれ予てから用意してきた通り、すぐに作戦を実行して下さい」

「「はっ」」


 マリアの指示により、2人は即座に動き始めた。ルキャナンはソマリの北側にある漁師の集落へ。カーナルは数十台の荷馬車を引き連れて南へ向かった。


 2人の姿を見送りながら、マリアは胸の前で両手を合わせる。

「必ず勝って、この地を護り抜きますわ」



 密偵を乗せた船は、予定通りイスタグローグの港に到着する。 港を見渡した密偵は、その威容に興奮を覚えた。港を埋め尽くす軍船。これだけの数の軍船が並び合戦に向かうなど、歴史上初めてのことではなかろうか。


 トラトス王国とエルトリア共和国の2国を合わせて6千人の兵士が、一度に海を渡るのである。

約6百人が収容できる大型帆船が4隻、250人乗りの中型帆船が10隻、そして30人乗りの軍船が30隻である。まるで、大地が迫り出したようにさえ見える。


「どうであった?」

 周囲を見渡し言葉を失っていた密偵に、野太い声が掛けられた。その声の主に気付き、密偵はその場に片膝を突いた。


「アルワムナ将軍」

 頭を下げる密偵に、アルワムナはそれを手で制した。


「挨拶は良い。それより、ソマリの様子はどうであった?」

「はっ。ソマリ近郊を調査して参りましたが、特にこれといって変化はございません」


 その報告を聞き、アルワムナワは繭をひそめた。

「確かか?」

「はい。確かに、ソマリから少し離れた場所に砦は築いてありますが、海岸線に防衛拠点はありません。恐らく、上陸後に砦で迎え討つ作戦かと」

「ふむ、単なる愚将か・・・」

 アルワムナは笑みを浮かべた。



 午前10時30分。潮位が高くなり、北から南へと向かう潮流が緩み始める。それを眺めながら、エルトリア共和国の協議員であるラバナルは笑みを浮かべた。海の向こう側に、自らの名声と出世を幻視したのだ。


 ラナク海峡は潮止まりと共に風も止む。そのため、航海の速度は上がらない。通常4ノット以上で走る船も、ここでは2ノット程度しか出すことができない。つまり、幅が2キロの海峡を渡るためには、約30分を要することになる。

 片道30分、干潮に向かい潮が動き始めるまでに1時間30分。この間に、上陸を果たさなければならない。しかし、自軍の陣容を眺めてラバナルはほくそ笑む。この船団、この兵力で、負ける要素が思い浮かばなかったのだ。事実、どんな軍事関係者に訊ねても、皆同じ見解になったであろう。


 午前10時50分。ほぼ停止した潮流を目にし、ついにラバナルが出陣の号令を掛けた。

「我らが世界の覇者となる時が来た。今こそ、我らの武勇により、アルムス帝国を蹂躙するぞ。出陣だ!!」


 号令と共にラッパが鳴り響き、船団が一斉に動き始める。先頭を無数の軍船が進み、その後に中型帆船、そしてラバナルが乗船する大型帆船と続く。その更に後方には、トラトス王国のアルワナム将軍が率いる大船団が続く。まるで1匹の巨大な生き物のように、帯状になって突き進む姿は、歴史上初めての事かも知れない。


 旗艦の操舵室から外を眺めるラバナルは、笑いが止まらなかった。

 エルトリア共和国にリリスが現われた時には、全ての野望が費えたと項垂れた。しかし、実際にはどうだ。評議員の末席に過ぎなかった自分に、こんな絶好の機会が巡ってこようとは想像もできなかった。難色を示す年寄りを横目に、自ら志願してこの侵攻作戦に参加した。これが終われば、恐らく評議会の上層部に、いやユーグロード王国の重職に就ける可能性もある。


 妄想を膨らませるラバナル。しかし、それはソマリが見えた時点で霧散する。ソマリを目前にし、停泊する軍船。中型帆船も並ぶようにして停泊していたのだ。


「これは一体、どうしたことだ?」


 ラバナルの問いには、操舵室に飛び込んで来た兵士が答えた。

「入り江の入口に、防御柵が浮かんでいます。その更に後方にも、上陸を阻止するための柵が無数に立てられています」

「なんだと・・・」


 兵士の報告を聞きラバナルは愕然とした。無策であるはずの敵が、立ち塞がっていたのである。


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