ラナク海戦①
ラナク海峡を挟み、ユーグロード王国と隣接する貿易の街ソマリ。その近郊に強固な砦を築き、防衛の拠点としたマリアの元に急使が飛び込んで来た。
「提督!!ユーグロード軍が挙兵し、イスタグローグに集結しようとしています。その数は約6千です!!」
砦の一室で報告を聞いたマリアは、微塵も動じることなく答える。
「なるほど、予想通りの数ですわね」
「よ、予想通り、ですか?」
マリアの言葉を耳にした部下が、驚いたように聞き返した。
「当然でしょう。トラトス王国の総兵力が1万と少し、ユーグロードに併合されたとはいえ、まだまだそれに納得していない人達も大勢います。反抗勢力を抑えるためにも、国内に兵を置いておく必要があるでしょう。それに、従属したとはいえ、トラトス王国がユーグロード王国を信用しているとは思えません。少し知恵が回る者であれば、すぐに今回の派兵が忠誠心を試すと同時に、残存兵力の削減を含んでいるものだと分かると思いますわ。
当然、エルトリア共和国も同じです。ですから、派兵する兵力は全体の約半分まで。しかも、今回はラナク海峡という難関があります。船を考慮すれば、5千人程度。ただ、互いの国にもプライドがありますから少し大目に、それぞれが3千人ずつ、合計で6千人。そういった感じだと、簡単に予想がつきますわ」
スラスラと話すマリアの説明を、部下は唖然として聞いていた。マリアは簡単だと口にしたが、こんなことを事前に予測するなど不可能だ。
―――ユーグロード王国が攻めて来ます。そのために、ソマリ近郊に防衛拠点を築かなければなりません―――
「サリウの動乱」と呼ばれた事件の直後、マリアが軍事顧問に任命された時の言葉だ。それを、大多数の兵士達は陰で笑った。「箱入りのお嬢様が、何を勘違いしているのか。ユーグーロード王国とアルムス帝国は友好関係にあり、人も物も自由に往来できる。しかもラナク海峡があり、容易に侵攻などできはしない」、と。
しかし、ダンジョンの砦で共に魔物と戦った兵士達は、心からマリアに従った。マリアが住民を大切にし、皆の平和と安寧を心から願っていることを知っていからだ。そのために、最善を尽くすことを理解していたからだ。
その後、その他の兵士達も、マリアと接していくうちに少しずつ態度が変化していく。真の智謀と洞察力を備えた才女。そして、何よりも自分達を大切に思っていることを理解したのである。
「それで、いかが致しましょうか?」
指示を待つ部下に、マリアは部屋の中央に置いてある物体を眺めながら答える。それはマリアの希望により作成された、ラナク海峡を挟んだイスタグローグとソマリ近辺を立体化させた地図である。その地形や距離感は実際のものとほぼ同等であり、その出来栄えにマリアが感嘆の声を漏らしたほどだった。
「そうですわね・・・」
その細い指が、ラナク海峡を指す。
「恐らく、イスタグローグに集結して出陣するまでに3日。つまり、4日後の正午頃に海峡を渡って来ますわ」
余りにも具体的な予測に、驚いて部下が訊ねる。
「4日後の正午、ですか?」
「集結が完全に終了するのは明日中でしょう。それから船の準備、物資の積み込み。そして、指揮官同士の腹の探り合い・・・そこまでで3日。4日後の満潮時刻はちょうど正午。必然的に、その前後を中心に防御を固める事になりますわね」
その説明に、部下が怪訝な表情をする。部下は今ひとつ納得していなかったのだ。
ラナク海峡は、幅が2キロ程度ではあるが、逆に狭いために潮流が速い。帆船、若しくは手動の船では、万に一つも渡り切ることはできない。そのため、潮止まりを狙って渡航するのである。その潮止まりは6時間おき、1日に4回訪れる。4日後でいうならば、早朝、正午、夕方、深夜となる。夜間の航海は危険過ぎるため有り得ないが、残りの3つは、どれも可能性がある。侵略側からすれば、早朝が一番都合が良いと思えた。
マリアは部下が納得していないことを悟ったのか、更に言葉を続けた。
「見知らぬ土地に侵攻するに当たり、当然のことながら、夜間は選択肢に挙がりません。何も分からない土地で、暗闇で戦うなど不利でしかありませんから。もし、暗い時間帯に渡航して来るならば、全く恐れるに値しない敵と言えますわね。
残るは早朝と正午になります。普通に考えれば、時間的に余裕がある早朝を選びそうなものです。ですが、今回指揮を執る将軍と評議員は、歴戦の老将です。危険を冒すことなく、最善の策を採ると考えられますわ」
未だ納得していない部下に、マリアは丁寧に諭す。納得しないまま作戦を実行したのでは、指示に従わない可能性があるからだ。
「早朝は干潮です。上陸するならば、船は岸から離れた場所に停泊するしかありません。逆に、正午は満潮です。貴方なら、どちらを選択しますか?」
部下はマリアに頭を下げると、直ちに各部署に指示を伝えに走った。
「シャルル様、お任せ下さい」
マリアはその場にいないシャルルに、強く宣言した。




