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シャンテリー山脈の秘密⑧

 イルミンが席を立って後、シャルル達もすぐに食事を終えた。そのまま、エルフの集団に監視される中で、よく分からない緑黄色野菜を食べても仕方がない。


 シャルル達が席を立つと同時に、案内役のエルフが声を掛けてきた。

「あの扉から退室するように」

 それは、シャルル達が入って来た扉ではなかった。どうやら、また別の場所に転送させられるらしい。争うつもりのないシャルルは、その指示に従い扉に向かって歩き始めた。


 扉に辿り着き、開こうとした瞬間、不意に下の方向から声が聞こえた。その声は、今まで耳にしたどのエルフよりも高いソプラノボイスだった。


 シャルルが視線を落とすと、そこには身長1メートル余りの幼いエルフが立っていた。そのエルフは、シャルルの視線が自分に向いたことを確認すると、とんでもない内容を口にした。


「お兄さん、本当にそれで良いの?ハイエルフ様は、お兄さん達を利用して、世界樹に取り付いた魔王を倒そうとしているんだよ。自分達は人間を蔑んでおきながら、その人間に危険な仕事をさせようとしている。それでも良いの?薬なら、私が用意してきてあげるよ」


 円らな瞳で自分を見上げる小さなエルフ。しかし口調は確かで、話の内容も的を射ている。エルフは長命の種族である。外見とは異なり、シャルル達よりも年齢が上なのかも知れない。

 シャルルはその場にしゃがみ込むと、エルフと目線を合わせた。


「うん、それは分かっているよ。多分、キミが言ったことが真実で、口車に乗った僕は愚か者だろうね」

 柔らかい笑みを浮かべながら話すシャルルに、少なからずエルフは驚いた。激昂するとでも思っていたのかも知れない。

「じゃあ、どうして・・・」

 困惑した表情のエルフに、シャルルは丁寧に答えた。


「どうして―――か。

 うん、僕はこの地に、カラルの人達の石化を解くための薬を貰いに来たんだ。そのためであれば、こんな僕の頭なんていくらでも下げるさ。そもそも、エルフよりも人間の方が下等な生物だしね。同じ人間同士で争い、殺し合い、他人を騙し、平気で傷付け、簡単に裏切り、嘘を吐く・・・でもね、同時に他人を思い遣り、慈しみ、信じて、何度でもやり直す勇気を持っている。僕はさ、そんな人間が好きだ。そして、自分の大切な人達が幸せになれるのであれば、何だってする。魔王の討伐は、その一部なんだよ。それが、明日になっただけなのさ」


「ふうん・・・」

 シャルルの言葉を聞いた幼いエルフは、そう言って黙り込んだ。その表情は、まるで賢者のようにも見える。そんなエルフの頭を撫でると、幼い少女の目が見開かれた。

 エルフは他種族、特に人間との身体的接触を極端に嫌うという。最近では殆どエルフを見掛けることさえなくなっているが、そういった噂は今でも流れている。そのことを思い出したシャルルは、すぐに手を引っ込めた。


「ああ、ごめん」

 慌てて謝るシャルルに、エルフが小さな声で答えた。

「それは多分、間違った情報。エルフに限らず、どんな種族だって、信用できない相手に接触されるのは嫌だと思う。でも、お兄さんは・・・」

 エルフは夜空の星にも似た深い緑色の瞳をシャルルに向け、初めて笑顔を見せた。


「その昔、エルフはこのユラントヘイムで世界樹を守護するために生まれた。9人のハイエルフ様によって統治され、質素ではあっても豊かな生活を送ってきた。でも、長い歴史の中では、この狭い土地に縛られることを嫌い、出て行った人達もいる。それが、外の世界にいるエルフ達。この地を治めてきたハイエルフ様も、あとはイルミン様を残すのみ。私達は、一体どこに向かえば良いのでしょうか・・・」


 静かにエルフの話しを聞いていたシャルルが、疑問を呈した。

「その、残りの8人はどうなったの?」

 エルフはこことは違う、どこか遠くを見るように視線を送る。

「さあ、どうなったのでしょう?」


「おい、早くしろ!!」

 幼いエルフとの会話を傍観していた案内役が、厳しい口調で注意した。

「薬は、必ず私が用意するから、それだけは信じてね」

「分かった」

 シャルルは幼いエルフに向かって頷くと、立ち上がって扉の中に足を踏み入れた。その瞬間、来た時と同じように空間が歪み、別の場所へと転移した。


 転送された先は当初案内された場所とは違い、見るからに森の奥地だった。それは、部屋の窓から見える巨大になった世界樹によって分かる。恐らくエルフの居住区ではなく、世界樹の最前線だろう。その証拠に、そう遠くない場所から猛烈な負の魔力を感じる。


「直ぐ目の前、徒歩で30分程の場所に世界樹が立っている。今日はここに泊まり、明日の朝一番で魔王を討伐してきて貰いたい」


 ここまで来ると、異物だの駆除だのといった、遠まわしな言い方はしないらしい。

 シャルルが案内役に頷くと、彼女は足早に来た扉から帰って行った。ここは一刻でも早く立ち去りたい、超危険区域のようだ。


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