シャンテリー山脈の秘密⑥
屋敷内に足を踏み入れた瞬間、シャルルの視界がグニャリと歪む。屋敷はあくまでもカモフラージュであり、扉は他の場所と繋がっていたようである。固定式とはいえ、空間を捻じ曲げて他の場所と繋ぐなど常識では有り得ない魔法だ。
眩暈に似た感覚の後、目の前には木で形作られた椅子に座っている女性がいた。スリムな身体に、何の素材でできているのか分からない発光する緑色のロングドレスを纏い、長い黄緑色の髪を床まで垂らしている。頭上に王冠は無いが、女王と言える威厳と気品に満ちている。その深緑の瞳がシャルルを捉える。
「人間の勇者が、エルフの地に如何にして入り込んだのじゃ?」
神々しい外見に劣らぬ凛とした声が空間を揺らす。
「ステンノーを倒し、そのまま地下通路を進んで来ましたけど」
ハイエルフは、シャルルの言葉に小首を傾げた。
「ほう、ゴルゴーンを滅したとな。ふむ、しかし、出口には封印がしてあったはずじゃが?」
「ああ、それなら壊しましたよ。後で直しておきましょうか?」
シャルルの返事を聞き、値踏みをするように細められていた目が大きくなる。そして、クツクツを笑い始めた。
「ククク、あれを壊したとな?あれは、古代魔法による封印だったのじゃ。人間ごときの魔力では、絶対に解けないはずなのじゃが。それを簡単にのう・・・そういうことであれば、見逃せぬな」
ハイエルフの纏う空気が急激に冷たくなり、その華奢な身体から視認できるほどの濃密な魔力が放たれる。その余りにも強大な魔力量に、周囲の空間が大きく歪む。
「―――来たれ、煉獄の炎」
エルフのみが行使できる言霊による魔法。魔法名は無く、言葉そのものが現象を引き起こすトリガーになる。シャルル達の足元に暗黒の空間が現われ、その奥底から轟音を立てる業火が出現した。
しかし、シャルルは避けるどころか、シールドを展開することもしない。その堂々とした態度に、ハイエルフは笑顔を見せた。
「なるほどのう」
パチリとハイエルフが指を鳴らした瞬間、煉獄の炎が掻き消える。そして、ハイエルフは笑いながら椅子から立ち上がると、両手を広げて声を上げた。
「人間の勇者よ。ワシはそなたらを客として歓迎しよう。ワシは最後のハイエルフ、イルミン・ラシール16歳」
「恐れながら、1万が抜けております」
案内役のエルフが頭を下げながら、年齢を訂正する。
エルフは長寿の種族であるが、ハイエルフの寿命は永遠に近い。
シャルル達はハイエルフであるイルミンにより客と認められ、エルフの居住区に滞在することを許された。滞在場所は、指定されたエリアのみであるが。
指定された場所に向かうシャルル達の後姿を見送りながら、付き添っていたエルフがイルミンに訊ねた。
「なぜ、人間ごときに滞在を許可されたのですか?人間など、欲望と虚言の塊に過ぎません。あのまま、焼き払ってしまわれれば宜しかったのではありませんか?」
その問いに、イルミンは歪な笑みを浮かべて答える。
「分からなかったのか?あとほんの数秒でワシの魔法防がれ、頭上から数百の流星が降り注いでおったわ。人間とはいえ、有り得ぬほどの魔力じゃ」
絶句するエルフ。イルミンはそれを無視し、密かに思案を巡らせる。
「まあ、上手くいけば、同士討ちにできるかも知れぬのう」
森の中の一角に案内されたシャルル達は、木の洞を利用した部屋に通された。滞在中は、ここが拠点になるらしい。ようやく仲間だけになり、イリアが口を開いた。
「ハイエルフに会った人間は、私達が初めてではないでしょうか?何かドキドキしましたよ」
「1万歳とか、ほんとに有り得ないわ」
女性陣の2人が興奮冷めやらぬといった様子で話しをする。
しかし、シャルルは全く違うことを考えていた。
あの時のイルミンは、本気で自分達を殺そうとしていた。それが一転して客人扱いだ。あれほどまでに人間を嫌悪していたにも関わらず、だ。何か理由があるに違いない。
このシャルルの予想は、的中することになる。
部屋に案内されて暫く後、シャルル達にイルミンから呼び出しが掛かった。それは、夕食への招待だった。ハイエルフ直々の招待を断る訳にもいかず、再びイルミンの元へと向かうシャルル達。転移扉を通り抜け、招待された場所へと移動した。
そこには既に、森の自然がもたらす果実や茸といった菜食が盛り付けられてあった。パテトは不明らかに満そうな表情を見せたが、後で串焼きを食べさせる約束で我慢させた。
「せっかくエルフの隠れ里、ユラントヘイムを訪れたのじゃ。ここでしか味わえぬ食事を、存分に堪能してもらいたい」
上座に座るイルミンが笑顔でシャルル達を歓待する。部屋の壁際には十人余りのエルフが控えており、全く警戒は緩んでいない。
「では、いただきます」
こうして食事が始まった。
30分程は当たり障りの無い話しに終始していたが、笑顔のイルミンが穏やかな口調でシャルルに訊ねた。




