シャンテリー山脈の秘密③
パテトは壁際でフラリと立ち上がり、血が混じった唾を吐く。
シャルルは地に伏したまま、ステンノーの気配を探る。恐らく、目で追えることができるのであれば、これほどまでに苦戦することはなかったに違いない。しかし、この状態を含め、これがゴルゴーンという魔物との戦いなのだ。
この状況だからこそ、再びシャルルは思う。
アルフォート子爵の先祖は、一体どうやって、この特殊な魔物を2体も倒したのだろうか?
倒れているシャルルに対し、再びステンノーの凶悪な爪が襲い掛かる。それをギリギリのタイミングで地面を転がって躱し、その勢いを利用して立ち上がる。そして即座に、自分が元いた場所に向かって剣を薙いだ。直後、その剣先が何かを捉え、鈍い音を響かせた。
シャルルが捉えたモノ。それは、ステンノーの腕だった。左腕を斬り裂かれたステンノーは苦悶の表情を浮かべ、憎々しげに言葉を吐き出す。
「忌々しい人間が。いつも通り、石になってしまえば良いものを!!」
地面を移動するステンノーの振動が伝わり、その気配が猛烈な速度で近付いて来る。振り下ろされる両腕の爪を剣で受け止め、目を閉じたままのシャルルが間近でステンノーと向かい合う。生臭い息が降り掛かる距離から、ステンノーの頭部で暴れる蛇がシャルルの肩口にに食らい付いた。
激痛を堪えるシャルルをステンノーが嘲笑う。
「最後に教えてやろう。残念だが、私の姉と妹は人間に殺された訳ではない。人間ごときに、姉も妹も、そして私も討たれるはずがない」
肩口から鮮血が飛び散り、その返り血を浴びてステンノーの顔が朱に染まる。
「伝承では、1200年前に当時の軍隊によって討たれたと―――」
「ハッハッハ!!そんなことが、できるはすがなかろう。2人はこの地下通路を造った者達に殺されたのだ。当然、奴等も手当たり次第に殺してやったがな。姉と妹を殺され満身創痍であった私は止むを得ず、互いの不可侵と、この通路を譲ることを条件に和睦したのだ。人間は何もしていない」
その時、通路の出口で状況を俯瞰していたイリアが叫んだ。
「この広場に強力な範囲魔法を放って下さい。2人は私が必ず何とかしますから!!」
瞬時にその意図を汲み取ったシャルルが、無詠唱で魔法を放つ。炎の最上級魔法―――
「―――地獄の業火!!」
地獄から漆黒の篝火が召喚され、それを起点にして深紅の炎が吹き上がる。まるで生き物のように広場を駆け巡り、あらゆる物を飲み込んで灰に変えていく。その炎にステンノーも巻き込まれ、瞬時に燃え上がった。
灼熱地獄。広場が深紅に染まり、全てのものを焼き尽くす。不死身の肉体を持つと言われるゴルゴーン。その1人であるステンノーも当然ながら再生する。しかし、再生速度を上回る燃焼によるダメージが復活を許さない。
暫く一進一退を繰り返していたが、やがてそのバランスが崩れる。広場内を燃やし尽くした炎が集束し、最後に残るステンノーに熱量を集中させたからだ。これにより、完全に再生速度を上回った炎が、肉片の欠片、燃え滓さえも残さずに消滅させた。
そして、広場を支配した炎は、魔法の発動からキッチリ5分後に何事もなかったかのように鎮火した。
「し、死ぬかと思った・・・」
汗だくで蹲るパテト。その近くで、シャルルも石畳に座り込んでいる。どうにか、2人とも無事だ。
「大丈夫ですか?」
話し掛けてくるイリアに疲れ切った笑顔を見せ、シャルルが拳を上げた。
シャルルが魔法を放つと同時に、イリアは自分を含め、個別にシャルルとパテトを耐熱シールドで覆ったのだ。
見てはいけない敵ならば、空間ごと殲滅してしまえば良い―――乱暴な発想であるが、その方向性は正しかった。しかし、これは味方が3人という少数であり、個々の能力が高いからこそ可能な方法だ。
「・・・それにしても、なんてデタラメな魔法なの」
広場を、広場だった場所を見渡しながらパテトが呟く。それを耳にしたイリアが激しく同意する。
「本当に。床も壁も、一部が溶けてガラス化していますし・・・でも、これで目標は達成したということなのでしょうね」
2人の会話を苦笑いしながら聞いていたシャルルは、そこであることを思い出した。
ステンノーは、「ゴルゴーン三姉妹のうち2人を討ったのは、この通路を造った者達だ」と言った。だとすれば、この通路の先にその者達がいるかも知れない。
そんな危険な存在を、分からないまま放置していても良いのだろうか?
このままカラルに戻っても、ただステンノーの討伐を報告するだけで、もう1つの問題が解決する訳ではない。ここは後顧の憂いを絶つためにも、更に奥へと進むべきだろう。
「このまま奥に進もうと思うんだけど、どう思う?」
これまでであれば、シャルルは何も確認することなく、勝手に奥へと歩き出したはずである。しかし、3人で1つのパーティだと認識した今は、2人の意見も尊重しようとしている。
当然、シャルルの性分を承知している2人が、それに反対することはない。




