シャンテリー山脈の秘密①
風神の谷から戻ったシャルル達は、報告のためギルドを訪れていた。
「―――では、風神の谷は・・・」
「もう、暴風は吹いてません。のどかな谷になってますよ。それに、道中の砂地にいたサンドワームは討ちましたし、暴風を巻き起こしていたガーゴイルは去りました」
ノームのことは伏せ、冒険者が戻らなかった原因であるサンドワームとガーゴイルについての報告をする。カラルから距離はあるが、あの谷間は穏やかで土地も肥沃だ。住み着く人さえいれば、十分に暮らしていけるだけの自然がある。
「シャルル君達が帰って来たというのは本当か!?」
ギルドの扉が開くと同時に、荒々しい男性の声が響いた。シャルルに駆け寄って来るのは、アルフォート子爵だ。息を切らせている様子から、かなり急いで来たことが窺えた。
「そ、それで、護符は、護符は頂けたのかね?」
シャルルはアイテムボックスに収納していた地の護符を取り出す。それは、縦10センチ、横5センチほどの石板で、仄かな黄土色の光を放っている。
「おお・・・これで、これがあれば、シャンテリー山脈に入れるのか」
目を輝かせ護符を見詰めた後、シャルルの顔を覗き込む。
「これを持っている者は、地面の隠された入口や、地中の通路が見えるらしいです。まだ使用していないので分かりませんが、多分、その通りの効果があると思います」
シャルルの話を耳にし、子爵がウンウンと何度も頷く。
「それで、エルフの情報は・・・」
今度はシャルルが子爵に訊ねた。仮にステンノーを討って脅威を払ったとしても、石化が解けなければ意味がない。子爵はシャルルの問いに、目を伏せて答えた。
「う、うむ・・・様々な所に人をやって調べているのだが、明確に場所を特定することができない。ただ、シャンテリー山脈のどこかに潜んでいる、という話だけは間違いなかろう」
「そうですか・・・」
シャルルはそう答えたきり、何も言えなくて黙り込む。
そんなシャルルを目にし、子爵がパンパンと手を叩いた。
「とりあえず、ステンノーを討伐する手筈は整った訳だ。ここは、我が精鋭を大挙させ―――」
「子爵様」
「て、ん?何だ?」
子爵の言葉を遮り、シャルルが口を開く。
「僕達が行ってきます。必ず帰ってきますので、子爵様は待っていて下さい」
正直なところ、兵士など足手まといにしかならない。それならば、3人で行く方が安全に早く処理できる。
「う、うむ。分かった」
カラルに戻った翌日、シャルル達は再び石像を発見した場所に向かった。どう考えても、あの場所に何か手掛かりがあるはずだ。
森の中を歩いていると、パテトがシャルルに訊ねた。
「で、ステンノーだっけ、それって、どんな魔物なの?美味しい?」
とりあえず食べよう、という発想は止めて欲しい。そう思いながら、その問いに答える。
「ゴルゴーン、というのは知ってる?」
「青カビが生えてて、ちょっと辛いヤツ?」
「それは、ゴルゴンゾーラだろ!!」
シャルルの裏拳が、パテトの側頭部を的確に捉える。
「そうじゃなくて、ゴルゴーンというのは、上半身が人間で、下半身が蛇という半身半獣の魔物だ。その顔を見た者を石に変える、と言われている。ギルドのランクはS以上。これほどの魔物を、子爵の先祖は2体も倒したというのだから本当に凄いと思うよ」
「ふうん」
パテトは分かったような、分からないような曖昧な受け答えをする。「何だ食べられないのかあ」という呟きを、シャルルは聞こえないふりをした。
森に入って2時間足らず。直線距離を進んできたシャルル達の眼前に、シャンテリー山脈の断崖が広がった。当然のことながら石像は見当たらす、ステンノーらしき魔物の気配もしない。流石に警戒しているのだろう。
前回、石像を発見した辺りに到着すると、シャルルはすぐに索敵を開始した。元々持っているマッピングのスキルに、護符の力を融合させて探る。
「どうですか?」
傍で待機していたイリアが、シャルルに顔を近付けて訊ねた。シャルルの頬にイリアの吐息がかかる。
「うん、大まかな見当は付いたよ。前回、魔法を放った場所―――」
シャルルが、窪地になっている地面を指差す。
「あの奥の地中に、隠し通路がある。その先が巨大な洞窟に繋がっているみたいだ」
シャルルが顔を上げると、イリアと目が合った。そのまま、横に顔をスライドさせ、パテトとアイコンタクトする。
「よし、行ってみようか」
シャルルが先頭を歩き、何もない場所で立ち止まる。そして、懐から地の護符を取り出した。
するとオレンジ色に輝き始めた護符が、その光で周囲を照らし始める。オレンジ色に染まる大地。突然その一角に、音も無く巨大な穴が開いた。隠蔽の魔法が強制的に解除され、地下通路の扉を開いたのだ。地に関するあらゆる魔法と結界の解除。それが、ノームの生成した護符の効力である。
シャルルは躊躇することなく、その中に飛び込んだ。




