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風神の谷⑤

『その子は悪くない。1200年前、この地に棲む僕の元に、地の護符を求めに来た人間がいた。僕はその人間に、地の護符を与えたんだ。でも、その直後、僕はある人間によって、この地に封印されてしまった。だから、動けなくなった僕を護るために、土の眷属がこの地を守護しているんだ』


 それは、一辺が3メートルほどの立方体だった。緑色に発光する箱は宙に浮かび、何かを封じ込めている。しかも、その周囲には視認できないものの、何重にも防御結界が張られている。これは、サラマンダーが封印されていた方法と、全く同じである。そうであるならば、この封印を解くことは可能だ。


「それで、貴方は?」

『僕はノーム。地の精霊、ノームだ』

 やはり・・・シャルルは頷くと、軽く手を伸ばした。

「―――解呪ディスペル

 シャルルが魔法名を口にした瞬間、周囲を取り巻いていた防御結界が霧散する。更に近付き、シャルルが緑色に発光する箱を確認した。


「なるほど。これは、清廉の風牢―――という古代魔法だ。どんなに強力な魔物も精霊も、土属性である限り、この結界を破ることは不可能」

『ダメなのかい?』

結界に遮られ、不鮮明な声がシャルルの脳内に響く。

「いや、僕は土属性ではないし、それに特に問題ないよ―――ブレイク」


 その瞬間、風でできた緑色の箱が、空気に溶けるようにして消滅した。その場に残っていたのは、身長が1メートルにも満たない童子だった。そして、その童子は軽く頭を下げた。


『ありがとう、僕は土の精霊ノーム。人間には、四大精霊の1つに数えられているはずだよ』


 シャルルはここに来た理由を説明し、1200年前に渡した護符と同じ物を貰えないか頼んだ。ノームは『封印を解いてくれた対価としては不十分だ』と言ったが、シャルル達が欲しい物はそれ以外にない。最終的には「1つ貸し」ということで、ノームを納得させた。


 地の護符を受け取ったシャルルは、根本的な疑問をノームに訊ねた。ノームは四大精霊に数えられるだけあって、強力な力を持っている。この様な存在を結界に封印できる人間など、どう考えても1人しか思い付かない。


「封印した、ある人・・・とは、一体誰なんですか?」


 そう訊ねた瞬間、ノームから膨大な霊力が溢れ出した。それは大気を揺らし、谷間が鳴動するほどであった。しかし、それは憤怒ではなく、戸惑い、焦燥、動揺、あらゆる感情が混在した激情だった。


『1200年前、僕はテレス様に指示され、初代勇者であるアストと共に大悪魔を倒した。激闘だったよ。もしかしたら、負けていたかも知れない。その後、勇者アストのパーティは解散し、僕もこの地に帰ってきた。そして、さっき言っていたように、人間が僕を訪ねて来て、僕は護符を与えたんだ。

 その直後だった。突然、アストがやって来たのは。アストはいきなり僕に古代魔法を放ち、この場所に封印したのさ。あれ以来1200年間、誰もこの封印を解くことができなかったんだ』


 俯いて小刻みに震えるノームが一体何を思っているのか、シャルルには全く分からない。アストに対する怒りなのか、それとも全ての人間に対する絶望なのか。それでも、シャルルはノームに話し掛ける。


「女神テレス様は、テレス様はこの封印を解いてはくれなかったんですか?」

 それが真っ先に浮かぶ疑問だった。シャルルはサラマンダーの時にも思った。テレス様であれば、こんな封印など簡単に解除できるはずだ、と。しかし、ノームは首を振った。


『1200年前にお会いしたきり、ご神託さえも耳にしていないんだ』

 ノームの回答に、シャルルは首を傾げる。サラマンダーも、同じことを言っていた気がする。


「それと、もう1つ質問が・・・」

『何だい?』

「戦った相手は、大悪魔なんですか?」


 シャルルの問いに、今度はノームが首を傾げる。

『おかしな質問をするね。当然、僕達が戦った相手は、魔界から襲来した大悪魔だよ。数百年、いや数千年に一度、魔界の蓋が開いて悪魔達がこの世界を襲う。負ければ世界は滅びるし、勝てば存続することができる。確か、人間は最終戦争、ハルマゲドンとか呼んでいるはずだよ』


 初めて耳にする話に、シャルルは驚愕する。魔王どころの騒ぎではない。

「それで、勝ったんですよね?」

『そう、僕達は勝った。悪魔達を率いていた大悪魔は滅び、再び魔界の蓋は閉じられたのさ』


 初代勇者は、世界を救うために最終戦争を戦った・・・

 そうであるならば、魔王とは一体何だ?


 思考を巡らすシャルルに、唐突にノームが告げる。

『そろそろ、僕は行くよ。ここには1200年もいたから、別の場所に移動する。正直、君達以外の人間に会いたくもないし、もう信じることもできそうにない。ただ、君達が危機に直面した時には、必ず助力することを約束するよ』


 そう言い残し、ノームは忽然と姿を消した。


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