風神の谷③
悠々とトドメを刺しに向かうシャルル。
潜れないサンドワームなど、ただの強大なミミズと同じだ―――と、シャルルは思い切り油断していた。パテトに注意したにも関わらず。
サンドワームは、当然のことながら、ミミズが巨大化した魔物ではない。外見がミミズに似通っているだけで、ドラゴンの亜種である。
隙を見せているシャルルに、サンドワームがいきなり炎のブレスを吐いた。全く予想していなかった攻撃に、今度はシャルルが晒される。致命的なダメージを受けることはないが、無傷という訳にはいかないだろう。
「―――魔法盾!!」
シャルルの背後から魔法名が響き、目の前に透明な防壁が組み上がった。サンドワームのブレスはその魔法盾に防がれ、シャルルを避けるように2つに分かれた。
振り返るシャルルに、イリアが笑みを浮かべる。
「油断し過ぎではないのですか?」
イリアの言葉に、「参ったな」と、シャルルが頭を掻きながら苦笑した。
シャルルはラストダンジョンからここまでの道のりを思い出す。
ラストダンジョンでは、1人でどうにかしなければならなかった。他人の助力は期待できず、誰も信じることができず、ただ自分自身の力だけを信じ、鍛え上げるしかなかった。
パテトと出会い、全ての戦いを1人でする必要がなくなった。協力するということは無かったが、それでも、誰かが一緒に戦うことで役割の分担が可能となった。
そしてイリアが加わり、役割分担と同時に、協力して戦うことが可能になった。お互いをフォローし、各々の得意分野で、自分ができることをする。自分の背中を誰かに任せ、誰かがそれを護る。
―――信頼?
それが何なのかは知らない。
分からない。
それでも、連携して戦い、お互いに協力し合うこと。それが、こんなにも安心感を与えてくれて、勇気付けてくれるなんて・・・知らなかった。
シャルルは剣を構えると、サンドワームのブレスが終わると同時に疾駆した。その剣はサンドワームの口から尻尾まで、シャルルと共に真一文字に駆け抜る。一拍置いて上下2つに分かれたサンドワームが、凍り付いた砂漠を真っ赤に染めた。
「何ニヤケてんの?キモイんですけど」
剣を鞘に納めたシャルルに、歩み寄ったパテトが引き気味に告げる。それを受け、シャルルは強引に表情を引き締めた。
「ところで、コレ美味しいの?」
「知らない」
「焼けば食べられるのではないですか?」
「やめとけって」
「「ええ―――」」
結局、2人に押される形でサンドワームの肉を串焼きにすることになった。しかも、見た目とは裏腹にかなり美味しいらしく、シャルルは100キロ近い肉の塊をアイテムボックスに収納させられた。イリアは大食漢ではないが、結構な美食家で、新しい食材には目がなかった。そのため、サンドワームを通じてあっと言う間にパテトと打ち解けてしまった。
「行くぞ」
シャルルの号令により、風神の谷を目指して出発する。既に、砂漠の向こう側から轟音が聞こえている。恐らく、その音の発生源が風神の谷だろう。
思わぬ所で強敵に出くわしたシャルル達は、予定より少し遅れてしまった。そのため、目的地に向かって砂地を走ることにした。
約2時間後、ようやく砂地が終わり、目的地である風神の谷に到着した。
その光景を見た3人は、その風の暴力を暫く眺めた。
風神の谷は、ギルド職員の説明通りの小さな谷だった。幅が5メートル程の川を挟み、僅かな平地、それを囲むように、高さ20メートルほどの崖がある。それだけ見れば、本当にのどかな風景だ。しかし―――
その谷は、風速100メートルを超える竜巻の中にあった。比喩ではない。本当に風速が100メートル以上はある。シャルルが試しに、自分と同じような大きさの岩を投げ込んだ。すると、岩は粉々になることもなく、風に触れた瞬間、スッパリと切断された。流石にシャルル達も、その光景には絶句した。いくらなんでも、この中に無策で飛び込もうなどとは思わない。
「でもこれ、自然現象ではないよね」
「恐らく、何者かのスキルか、魔法だと思います」
シャルルの呟きに、イリアが答える。
こんな場所に、これだけの竜巻が数百年間も留まるなど有り得ない。であれば、ここに風を巻き起こしている張本人がいるはずだ。しかし、周囲を見渡しても、それらしき魔物は見当たらない。
「まあ、いいか。ブレイクで魔法自体を消してしまえば良いんだし」
暴風に向かって歩き出すシャルル。その瞬間、轟音と共に何かが空から降って来た。それはシャルルの前で、立ちはだかるように翼を広げた。
「ガーゴイル!?」
シャルルの前に現われたのは最強の守護者、石の竜戦士ガーゴイルであった。 ガーゴイルは全身が石の、いわゆる石像の竜戦士である。全長は5メートル前後。ドラゴンの顔に尻尾、背中から巨大な翼が生えている。空中を自由に飛び回りながら、手にした槍と魔法で攻撃してくる。ランクはS以上―――




