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国境の町 イグスタルーグ③

 突き出されたナイフは、少女の背後に控えていた老紳士が軽々と掴んだ。そして、突っ込んで来た勢いをそのまま利用し、背後の地面に叩き付ける。背中を激しく打ち付け、呼吸すらできず悶絶する店主。それを無視し、少女は涼しげな笑顔で話しを続ける。

「ここは少々騒がしいので、場所を変えましょう。よろしいですか?」

 目の前で起きた出来事に気を取られていたシャルルは、すぐに返事をすることができなかった。


 店主が動いた瞬間、シャルルはナイフを弾き飛ばそうと身構えた。しかし、老紳士が放った殺気を感じ取り、敢えて手を出さなかったのである。明確には分からないが、老紳士のレベルは少なくとも15。若しくは、それ以上だと思われる。それだけの強者であれば、路地のチンピラごときでは相手にもならないだろう。


 我に返ったシャルルが、慌てて少女の提案に意思表示をする。

「は、はい、分かりました」

 その返事を予測していたかのように、既に老紳士を従えて歩き始めていた。そして、優雅に振り返って笑顔を見せる。

「どうぞ、こちらに」

 一体この少女は、何者なのだろうか?

 シャルルに知る術はないが、只者ではないことだけは確かである。


 シャルルが少女の後を追って姿を消した直後、道路傍で仰向けに転がっていた店主がフラつきながら起き上った。

「ク、クソ・・・オマエら、しっかり顔は覚えたからな。デスリー商会を敵に回したことを、絶対に後悔させてやるぞ!!」 

 なぜか、「オマエら」にはシャルルも含まれている。

「覚えてろよ!!」

 そんな三下の捨て台詞を吐き、店主は薄暗い路地の奥へと走り去った。


 当然、その捨て台詞は届くはずもなく、少女は悠々とメインストリートに戻る。そして、そこに停めてあった馬車に乗り込むと、路肩に立っているシャルルに手招きをした。

「どうぞ、ご乗車して下さい」

 老紳士に勧められ、シャルルは恐る恐る馬車に乗り込む。

 気軽に誘われた馬車も、一般人が使用するランクの仕様ではなかった。走り出したにも関わらず、ほとんど揺れを感じない。座席も内装も、シャルルが目にしたことがない素材でできている。


「私が懇意にしているお店がありますので、そちらでお話し致しましょう」

「・・・はい」

 シャルルは未だ、薄汚れたフード付きのローブのままである。「懇意にしているお店」に、服装規定ドレスコードがないとは到底思えない。心臓がバクバクと激しく鼓動し、シャルルは頭痛がしてきた。


 10分ほど揺られた後、馬の嘶きと共に馬車が停止した。どうやら目的地に着いたらしい。

「―――到着致しました」

 老紳士の声が聞こえ、馬車の扉が開く。シャルルは少女に続いて馬車を降りた。


 目の前に広がっていたのは真っ青な海。そして、全面が完全に海に面した(オーシャンビュー)、見るからに敷居が高そうなレストランだった。純白の壁が映える石造りの建物。敷地内には通路以外に青い石が敷き詰められ、まるで海に浮かんだ白い宮殿のような雰囲気を演出している。


 間違いなく、かなりハイクラスなレストランである。

 自の服装を見下ろし、流石にシャルルは入店できるのか不安を覚えた。だからといって、アイテムボックスから服を取り出して着替える訳にもいかない。意外なことに、アイテムボックスを所持している者は世界に数名しかいないらしい。


「服装など気になさらなくても大丈夫ですよ」

 シャルルが狼狽している理由に気付いた少女が、穏やかな笑みを向ける。

「そう、でしょうか・・・」

 シャルルが店員であれば、躊躇せず放り出すレベルで汚い。それでも、少女が大丈夫だと言うのであれば、シャルルはその言葉に従うしかない。

 入口の扉に向かって歩き出す少女の後を、心臓をバクバク鳴らせながらついて行く。すると、少女の言葉通り、シャルルは入口で止められることもなく、そのまま一番奥にある個室へと案内された。


 個室に入り椅子に腰を下ろした少女が、ようやく自己紹介をした。

「さて、自己紹介がまだでしたわね。

 私はマリア・クルサードと申します。マリアとお呼び下さい。今は商人・・・と、いうことになるのでしょうか。そして、執事のダリルですわ」


「お嬢様の執事をしているダリルと申します。以後、お見知りおきを」

 ダリルが、まるで定規を当てたような角度でお辞儀をする。

「僕は、シャルル・マックールです。えっと・・・旅人、かな?」

 シャルルが中途半端な受け答えをすると、銀色だったマリアの目が突然、深紅に染まった。明らかに何かのスキルを使用している。ただ、何か危害を加える類のモノではなさそうである。


 3秒ほど経過すると目の色が銀色に戻り、マリアは大きく息を吐いた。

「大変に失礼致しました。職業柄敵も多いので、一応調べさせて頂きました。とは言え、ほとんど覗かせては頂けませんでしたが・・・」

 イタズラが成功した子供のように、少しだけ舌を出してマリアは笑った。


「魔眼ですか。相手のステータスを読み取れる―――といった感じの?」

 シャルルの言葉に、マリアが目を見開いた。

「私のスキルをキャンセルするどころか、見抜いてしまわれるなんて」

「あ、まあ、たまたま知り合いに、そんな感じの人がいたので・・・」


 少し迷いはしたが、意を決してシャルルは話を続けた。疑われたままでは、色々と面倒なことになるかも知れない。

「余り詳しくは話せませんが、友人に裏切られてしまって。それが原因で、この国には住めないんです。ですから、アルムス帝国に移住しようかと思い、パノマからここまで来たんですよ。ですから、旅人なんです」



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