風神の谷②
そこから、パテトの問答無用の快進撃が始まった。
魔物を片っ端から叩きのめしては、風神の谷の場所を聞き出す。その様子は、通行人に絡む街のゴロツキそのものだった。
血まみれになった魔物が、息も絶え絶えに答える。
『あ、あっち・・・です。ゆ、許して下さい・・・』
こんな時、念話スキルは便利であるが、魔物の受け答えが憐れだ。
しかし、パテトの活躍のお陰で、ほとんど迷うこともなく風神の谷に近付いていた。
目の前には、地図に記載されていた通りの砂地が広がっている。砂地といっても終わりは全く見えず、砂漠と言っても過言ではない。地図上で位置を確認すると、も道程の半分は進んでいるはずだった。
パテトが散々暴れたからなのか、夜間に魔物の襲撃もなく、シャルル達は爽やかな朝を迎えた。
「多分、今日の午後には風神の谷に到着するはずだ」
地図を開いて2人に見せながら、シャルルが口を開く。
「ただ、今日は警戒を強めておいた方が良い。これまで、Bランク以上のパーティが散々挑戦して帰って来なかった地域なんだ。これまでみたいに、簡単にいくとは思えない」
「分かった」
「はい」
パテトとイリアが、シャルルの注意に頷いた。
朝食を済ませると、早速砂漠に突入する。先頭はパテト、中衛シャルル、後衛にイリアといった陣形だ。パテトは近接以外の戦闘手段は持たないし。イリアの専門は攻撃支援の回復だからだ。
快調に砂漠の魔物を吹き飛ばしていくパテト。砂漠の魔物は大半がキラースコーピオンであり、他の魔物はサンドスネークくらいで意外なほどに種類が少ない。砂漠という環境が、多様性を抑制しているのだろうか。
「おかしい」
不意にシャルルが呟いた。先頭を歩いていたパテトが、立ち止まって振り返る。
「何が?」
「いや・・・いくら何でも、敵が弱過ぎる。こんな敵を相手に、Bランク以上のパーティが全滅するとは思えないんだけど」
そう口にしたシャルルの背後から、イリアの声が聞こえた。
「アレ、のせいではないでしょうか?」
イリアの視線の先、人差し指が指し示す方向を見た瞬間、シャルルは即座に言葉の意味を理解した。
そこには、10メートル以上のサンドワームが首をもたげていたのだ。下手をすれば、砂漠の守り神とも称されても不思議ではないレベルの魔物である。風神の谷に挑戦したパーティを殲滅したのは、このワームで間違いないだろう。
サンドワーム―――主に砂漠などの砂地に生息する巨大生物。全長10メートルを超え、その胴回りは6メートルに達する。外見は巨大化したミミズに酷似しているが、先端部分に胴体と同じ大きさの円形の口がある。見た目と違い動きが早く、地中も難なく移動することができる。
ギルドが定めるランクはA以上。熟練したパーティでなければ、全滅する危険性が高い魔物である。
「よしっ!!」
いきなり、サンドワーム目掛けてパテトが駆け出した。流石に素手ではなく、両手にショートソードを握っている。最近は手が汚れるのが嫌らしく、ゲテモノやアンデッドが相手の場合、ナイフやショートソードを持って戦うことが増えている。しかし、我流ゆえに雑である。
パテトは姿勢を低くしたまま、砂地を物ともせず平原と遜色ない速さでサンドワームに迫る。パテトの接近を察知したサンドワームは、もたげた頭を振り下して迎撃する。その速さは見た目の印象からは想像できないほどに機敏で、パテトはサイドステップを踏む要領で跳んだ。
「良いじゃん」
弱い魔物ばかりで退屈していたパテトの表情が、一瞬にして狩人に変わる。紫色の瞳を眇め、野獣の笑みを浮かべる。
サンドワームはパテトの位置を視認すると、蛇のように地を這って体当たりを仕掛けた。身体全体の伸縮を利用し、最後に飛び上がる。その動きを予測していなかったパテトが、その巨大な口を見上げて固まる。
「マジで!?」
刹那、サンドワームの頭部が弾け、パテトを狙っていた口が大きく逸れて地面に突き刺さった。
「油断し過ぎだろ」
サンドワームを蹴り飛ばしたのは、後から来たシャルルだ。
「ふん・・・」
パテトは不機嫌そうに態勢を整えると、ショートソードを構えた。
サンドワームは十分に強敵であった。俊敏な動きと耐久力により、容易く倒せそうな気配はない。それに、不利な状況に陥るとすぐに地中に潜られ、態勢を立て直されてしまう。
パテトの攻撃が胴体に風穴を開け、サンドワームが絶叫する。追撃しようするパテトに背を向け、頭部から地面に潜ろうと頭をもたげた。いつも、この繰り返しで逃げられていたが、今度は少し違った。
「―――凍結」
中級魔法、フリーズ。あらゆる物の活動を停止させ凍らせる魔法。生物に対しての効果は低いが、物質には高い効果を発揮する、凍結魔法の1つである。
サンドワーム周辺の地面が、一瞬にして凍り付く。高硬度の地面に激突したサンドワームが、後方に大きく仰け反った。




