カラルの伝説⑦
アルフォート子爵を始め、ギルド職員達もその報告に驚いた。
「僕が魔法で攻撃した瞬間、アレは素早く逃走しました。その逃走した場所を確認すると、大きな穴が開いていましたから」
「何と!!」
子爵が目を見開いて叫ぶ。
「ついでに結界も調べてきました。確かに、シャンテリー山脈を丸ごと覆ってはありましたが、地表部分だけで地中には結界はありませんでした。ですから、シャンテリー山脈のどこかに、洞窟か何かがあり、そこに潜んでいるのではないかと思います」
シャルルが見解を示すと、室内は静まり返った。
室内の様子を見渡しながら、シャルルは今後の行動方針を固めていく。
逃走した際に利用した穴は、痕跡を残さないように塞がれているだろう。最悪の場合、罠が仕掛けられている恐れもある。それに、地中までは結界の効果が及んでいないとはいえ、闇雲に地面を掘り返す訳にもいかない。今回の反撃を受けたことで、暫く姿を見せない可能性が高い。そうなれば、こちらから出向く以外には方法がない。しかし―――
「子爵様。もし可能であれば、初代様の残した文書などを拝見させて頂きたいのですが?」
突然のシャルルの申し出に、子爵が答える。
「我々が書付の内容を知っているのは、口伝によるからだ。原文の石版は、古代文字で書かれているのだぞ。読めるはずが―――」
「大丈夫です。僕は古代文字が読めますので」
再び驚く子爵が、笑みを浮かべるシャルルに訊ねた。
「一体君は、何者なんだね?」
シャルルは笑顔を崩さず、お手本通りの回答をした。
「ちりめん問屋の隠居ではなく、ただのBランク冒険者ですよ」
子爵は息子を連れ帰ってくれたことに対する礼と石版を見せるために、シャルル達を夕食に招待すると告げる。それならば、周囲の目を気にすることもなく屋敷で面談ができる。
シャルル達はギルドで子爵と一度別れ、夕刻になってから屋敷に向かうことになった。
子爵の屋敷は町の東側にあり、高さ3メートルほどの高い塀に囲まれた豪邸である。敷地は町の10分の1もの広さがあり、屋敷の中には町を守護する兵士が1000名も駐屯している。
夕刻、そんな屋敷の巨大な門の前で、普段着のシャルル達が門番に声を掛けた。
「すいません。子爵様に招待されている、シャルル・マックールと申します」
今にも襲って来そうな凶悪な人相の門番が、シャルルの方に視線を移す。問答無用で襲いかかってきそうな門番は、すぐに破顔して頭を下げた。正直、笑うと更に怖い。
「どうぞ。お話しは聞いております」
恐る恐る中に入ると、300メートル以上奥に子爵の邸宅が見えた。石造りの建物からは、歴史の重みが感じられる。代々アルフォード家は、カラルをこの場所から治めてきたのだろう。
屋敷に到着すると、玄関までアルフォート子爵自身が出迎えに出て来た。領主自らの歓待に、流石にシャルル達も恐縮する。そのまま、食堂に案内され、それぞれの席に腰を下ろした。
「まだ、事件は解決していないし、息子も元に戻った訳ではない。だが、息子を始め行方不明になっていた者達を無事に連れ帰ったことは、賞賛に値する。今後とも事件の全容解明、そして、石化から解放する方法を見付けてもらいたい」
子爵の話が終わり食事が始まる。いつもはガツガツ食べるパテトも、上品に作法に則って食事をしている。一応王女だけに、時と場所を考えて使い分けているらしい。
暫く歓談し食事も進んだ段階で、シャルルが切り出した。
「それで、初代が残されたという石板は、どちらに保管されているのですか?」
「うむ」
子爵は頷き、両手を顔の前まで挙げてパンと打ち鳴らした。それを合図に、使用人が台車に乗せて石板を運び込んで来た。大きさは縦1メートル、幅2メートル程の長方形で、クルサード家に飾られていた物と比べると、随分小さい印象を受ける。
「存分に検分されよ」
子爵に許しを受け、食事を差し置いてシャルルが石板に近付いた。
石板を覗き込むと、小さな文字で隅々まで書かれている。確かに、後世に残すための物ではなく、覚書程度の存在だとと思われた。
「では、失礼します」
シャルルは石板に書かれている文字を、ゆっくりと読み始めた。
「何か、手掛かりになるようなものが書かれていれば良いのだけど・・・」
読み耽るシャルルの横で、子爵も石板を覗き込んでいる。
暫くパテトの食事が進む音だけが響き、「もう1つ頂けますか?」と催促する声が聞こえる。そんな中、シャルルが石板に向けていた顔を上げた。
「な、何か分かったのかね?」
子爵が慌ててシャルルに訊ねる。シャルルは一度大きく頷くと、石板に記載されていた内容を説明し始めた。
「石板には、メデューサとエウリュアを討伐した―――とは書かれていますが、ステンノーの名前は出てきません。ステンノーが生きていて復讐を開始した、という推理は間違っていないのかも知れません。そして、1200年前も今と同じように、ゴルゴーンはシャンテリー山脈に潜んでいたとあります」
「なんと!!それでは、一体どうやって討伐したと言うのだ?」
子爵が説明するシャルルに詰め寄る。
「お待ち下さい、まだ続きがあります」
吐く息が顔にかかりそうな位置まで近付いて来る子爵に、流石にシャルルも仰け反った。
シャルルはアルフォート子爵を制すると、続きを話し始める。
「初代様の記録には、ゴルゴーン三姉妹はシャンテリー山脈の洞窟に潜んでいて打つ手がなかったと書かれています。ただ、その後、地の精霊の力を借りて、シャンテリー山脈の洞窟に入ることができたと」
「地の精霊・・・ノームのことだな?」
子爵の言葉に、シャルルは頷く。しかし、いきなりノームと言われても、どこをどう探せば良いのか、そこが問題である。四大精霊の1体と呼ばれるノーム。その存在は知られているが、遭遇した者の話は耳にしない。
しかし、ここで子爵が意外な言葉を口にした。
「ノーム・・・ノームか。そう言えば、この地に伝わるノームの噂を聞いたことがあるぞ。確か、嵐の中にいるとかどうとか」
「嵐、ですか?」
漠然とした内容に、期待していたシャルルは若干落胆しながら子爵に訊ねた。
嵐が何を指しているのか、全く分からない。嵐が何かの比喩なのか、それとも本当に風が渦巻いているのか。
「うむ。嵐とは、おそらく風神の谷を指しているのではないかと思う」
「風神の谷?」
カラルに住む者にとっては常識の範囲であるが、他所から来たシャルルが知るはずもない。
「風神の谷とは、カラルから西に徒歩で2日ほどの場所にある谷だ。そこは一年中激しい風が吹き荒れていて、何者も通るどころか入ることさえもできない。危険過ぎて近付く者も無く、強力な魔物の巣になっているという噂もある。
だが、嵐の中、という表現をするのであれば、そこしか考えられない。それに、そこであれば、精霊がいたとしても不思議ではない」
「なるほど」
子爵の話しを聞き、シャルルは考える。
確かに、その場所は限りなく怪しい。しかし、風が吹き荒れているならば地の精霊ではなく、風の精霊がいるのではないだろうか?とはいえ、何の手掛かりも無い今、そこに行ってみるしか方法はない。
「だが・・・仮に、ステンノーを討ったとしても、石から戻せなくては意味がないな」
項垂れて腕を組む子爵に、シャルルが告げる。
「いえ、石化を解く方法も、石板に書いてあります」
「な、何!?」
勢い良く顔を上げ、子爵が唾を撒き散らしながらシャルルに詰め寄る。
「エルフの秘薬で回復した、と」
「エ、エルフ・・・エルフか。それは無理だ。エルフの姿など、ここ数百年は見掛けた者などいない。今では、幻の存在なのだ」
再び、子爵は項垂れて塞ぎ込んだ。




