カラルの伝説⑤
周囲を警戒しつつ、3人は森の奥へと進む。時折、ウサギやシカなどの動物を目にするものの、魔物は痕跡すら見当たらない。
「本当に、ここなの?美味しそうな動物以外、何もいないけど」
「美味しそうかどうかは別にして、確かに、何かが潜んでいる気配もしないし。ただの、森にしか思えないよね」
今にもオヤツ・・・動物を追い掛けて行きそうなパテトの意見に、シャルルも同意する。周囲に魔物の気配は感じないし、そもそも、人の気配を感じない。正直なところ、場所を間違えたのではないかと、シャルルは本気で思い始めていた。
蛇行するように森の中を進み、なるべく全体を探りながら歩いたが何も見付からない。もう既に目の前には、切り立った崖が見えている。すぐに木々が少なくなり、3人はとうとう森を抜けてしまった。
「えっと、森を抜けてしまいましたね」
苦笑いを浮かべながら、イリアが呟く。
その言葉に、シャルルは何とも言えない表情を浮かべる。
何も無い。何もいない。何の痕跡も無い。全く何も無い。しかし、確かに、アサトランの息子を始めとし、領主の子息や捜索隊が、この森で消息を絶っている。それは紛れもない事実である。だとすれば、これは一体どういうことだろうか?一人も帰ってこない。それはなぜだ?
シャルルがいくら考えても、答えは全く出てこない。
「それにしても、本当に凄い結界・・・対物、対魔法の絶対防御。これを山脈全体に張っているなんて。流石、テレス様」
「そうかな?」
断崖絶壁の前に張られている結界を前にして、女神テレスを称えるイリア。その言葉を受け、シャルルは首を傾げる。
「確かに、高度な結界だけど、これは絶対防御じゃないよ。本気を出せば壊せるかも知れない」
とんでもない発言に驚愕するイリア。しかし、シャルルは首を振る。
「まあ、それをやると、カラルは一瞬で凍り付くと思うけど」
イリアは目の前に聳える断崖絶壁を見上げる。確かに、この上にある雪や吹き下ろすであろう強風を考えれば、シャルルの予想は現実になるだろう。
「と言うか、この結界って―――」
「あれ、何?」
その時、少し離れた場所で調べていたパテトが声を上げた。
パテトの元に2人が向かうと、その視線は少し先に注がれていた。シャルルもパテトに倣ってそちらを見る。そこにあったのは、人型の石像。それも1体、2体どころではない。10体前後の石像が、そこに放置されていたのだ。
「―――雷撃!!」
その時、突然シャルルが魔法を放った。
突然のことに驚いて振り返るパテトとイリア。その視線の先では、雷撃の魔法が直撃した地面から、もうもうと砂埃が舞い上がっていた。全く視界が利かない状態であるが、パテトの知覚はそこに何者かの存在を感じ取った。その瞬間、パテトは姿勢を低くして迎撃の態勢を整える。イリアは2人の態度に合わせ、杓杖を構えて防御の構えを取った。
「行ったか」
「うん」
シャルルが警戒を解き、パテトが姿勢を直す。1人だけ状況が掴めていなかったイリアが、シャルルに訊ねた。
「な、何が、どうなったんですか?」
砂埃が風に流され、シャルルが雷撃を放った場所が露になる。そこには直径3メートルほどの窪地ができ、その更に向こう側、ちょうど結界との境界線ギリギリに穴が開いていた。
「もう逃げたけど、そこに何かがいた。多分、あの石像を囮にして、注意が逸れている所を襲おうとしていたんだ」
「それって・・・」
「うん。多分、あの石像が行方不明になった人達だと思う」
シャルルの視線が、石像の方へと向く。
「恐らく、あそこにいた何かが、行方不明の原因だよ」
その説明に、イリアも石像を見た。
「石化スキルを持つ魔物、でしょうか?」
石像に近付きながら、イリアが訊ねる。
石化は魔法にしろスキルにしろ、かなり高位の状態異常である。通常の回復魔法では解除されないし、石化を解く薬剤も限られている。その上、稀少価値が高く、非常に高価な品物だ。
「どうかな。石化スキルを持つ魔物となれば、バジリスクやコカトリス・・・になるのかな?でも、さっきのアレは、それらとは違うと思うけど」
石像の元に辿り着き、シャルルは間近で観察する。
睫毛や髪の毛の一本一本までもが精巧に表現され、毛穴までもが再現されている。こんな精密な石像を作成することは不可能だ。そうなると、これが行方不明になった人達と考えて、まず間違いないだろう。やはり、石化の魔法だろうか。
「―――解呪」
シャルルが解呪の魔法を唱える。
しかし、石像には何の変化も起きない。
「ダメか・・・呪いじゃないしな」
すると、イリアがシャルルの隣に並び、魔法を唱えた。
「―――解除魔法」
聖職者が使用する解除魔法である。あらゆる状態異常に効果があり、毒、麻痺、睡眠、石化などの解除が可能だ。高度な魔法故に、行使できる者は稀である。
しかし、イリアの魔法をもってしても、石化を解除することはできなかった。
「一度、カラルに戻った方が良いかも知れない。石像扱いなら収納に入るし、全員回収したら帰ろう」
シャルルの提案に、2人は頷いた。




