カラルの伝説④
再びギルドを訪れるシャルル達。今度は遠巻きに眺めるだけで、誰も手を出してはこない。いつもの行事とはいえ、流石に苦笑いしてしまう。そんな視線の中をギルドの受付に戻って来たシャルルは、クエストのことについて訊ねた。
「町の人や捜索隊が、行方不明になっているという話を聞いたんですけど。その捜索隊の捜索も、クエストになっていたりしますか?」
シャルルが訊ねると、受付をしている女性職員の表情がパッと明るくなった。
「あ、あの、受けて頂けるんですか!?」
身を乗り出してくる職員に若干引きながらも、シャルルは首肯する。よほど切羽詰まっていたのか、職員は目を潤ませている。
「どうぞ、こちらへ」
職員に促されるまま、すぐ隣にある椅子付きの低い相談ボックスに誘導される。
「ありがとうございます。このギルドに残っている人達はDランク以下の冒険者の方々で、このクエストを見て見ぬふりをするんです!!」
わざとなのか、ギルド職員の声が余りにも大きくて、ギルドのロビーに響いている。シャルルがそれとなく振り返ると、冒険者達は汗をダラダラと流しながら聞こえないふりをしていた。
「この事件の始まりは10日ほど前に遡ります。その日、この町の商人が北にある森に薬草を摘みに行ったのですが、夜になっても帰って来なかったのです。それだけであれば、たまに道に迷ったり、一晩野宿する人もいるので騒ぎにはならなかったのですが・・・」
その商人というのがアサトランの次男だと、シャルルは確信する。
「その日、森で行方不明になったのは、その商人だけではなかったのです。ご領主のご子息が2人の共を連れて、森に狩りに出掛けられたのですが・・・」
「帰って来なかった、と?」
「はい」
森は町から近く、強力な魔物は棲んでいないとアサトランが言っていた。その言葉に嘘が無いとすれば、何か特殊な事情に巻き込まれたとしか考えられない。
シャルルの思考に添うように、職員の説明が入る。
「その森は、町の北側に行けば見えるほど近くにあります。行けば分かりますが、魔物の姿自体ほとんど目にすることもないくらい安全です。シャンテリー山脈の麓まで広がってはいますが、規模は小さく、とても行方不明になるような森ではないのです」
「それでも、捜索隊も帰らないんですね?」
「はい・・・」
ギルド職員は、ロビー内に聞こえるほどの声量で先を続けた。
「残った冒険者の方々は、怖くて捜しに行ってくれないのです!!」
全員、土下座していた。
カラルはアルムス帝国最北端の地である。それには理由がある。カラルのすぐ北には、天高く聳えるシャンテリー山脈があるからだ。シャンテリー山脈は、大陸の東から西へと横断しており、生物の往来を断ち切っている。
シャンテリー山脈は、その麓から5百メートル以上の断崖絶壁になっており、登ることはまず不可能でだ。しかも、断崖絶壁の上部はゴツゴツとした岩が覆う不毛の台地であり、それが常に雲に隠れている山頂まで続いている。有史以来、シャンテリー山脈の登頂に成功した者はおらず、山脈の北に位置するギガンデル神国には、海路を行く以外に方法はない。
そして、その過酷な環境以外にも、もう1つ、シャンテリー山脈に足を踏み入れられない理由がある。それは結界の存在だ。
誰がいつ設置したのかは不明であるが、シャンテリー山脈は強力な結界に覆われている。これまでも、高名な魔法師や神官が解除に挑んだが、誰も結界を破壊することはできなかった。
それに、そもそも結界を解除する理由が無い。結界は中からも外からも、あらゆるものの出入りを制止している。本来であれば、カラルはシャンテリー山脈から吹き降ろす風によって、極寒の地になっているはずである。崩れ落ちる雪により、埋め尽くされているはずである。しかし、この結界があることにより、温暖な気候が維持されているのだ。加えて、強力な魔物が山から降りてくる心配もしなくて済む。
これらの理由から、現在この結界は女神テレス様が人々を守るために設置したのではないかと言われるよになっている。
翌日、朝早くから行動を開始したシャルル達は、行方不明者が出たという森の入口付近に到着していた。確かに、町からかなり近。ゆっくり歩いても、30分もあれば余裕で辿り着く。
「何かいるか?」
シャルルが訊ねると、パテトが左右に首を振る。
「何もいない」
「だよねえ・・・」
パテトの返事に、シャルルも同意する。
まだ森には入っていないが、強力な魔物の気配はしていない。要するに、ただの平和な森なのだ。
「とりあえず、中に入りましょう」
イリアが歩き始め、2人がそれに従った。
ギルド職員の説明通り、決して広い森ではない。すぐ目の前に、シャンテリー山脈の断崖絶壁が見えている。森に入って30分以上過ぎているが、未だに魔物とは遭遇すらしていない。
こんな場所で、どうすれば行方不明になるのだろうか?
そんな疑問を抱きながら、3人は奥へと足を踏み入れて行った。




