カラルの伝説③
アサトランの話しは続く。
「今から1000年以上前、ここカラルの地に1人の商人がいました。その商人は、まあ、大した才能はなかったのですが・・・エストランド大陸各地を回り、様々な品々の売買をして生計を立てていました。そんな生活を続けていたある日、魔物に襲われているスライムを見付けたのです。
正直なところ、魔物同士の戦いなので通り過ぎても良かったのですが、その商人は今にも食べられそうになっていたスライムを助けました。余計なお世話のような気もしますが・・・」
度々差し込まれる辛辣なコメントに苦笑いしながら、シャルル達は話に耳を傾ける。
「その助けたスライムは、仲間にして欲しそうな表情で商人の顔を見詰めてきました。元々何か生き物が飼いたいと思っていた商人は、そのスライムを連れて行くことにしたのです。この日以降、商人とスライムはどんな時も一緒に行動し、強い信頼関係で結ばれていきました。
しかし、ある日、この1人と1匹の間に大事件が起きるのです。ここからが、伝説となっている部分になります」
「前置き長っ!!」
パテトの呆れた声が響き、シャルルが慌ててその口を塞ぐ。その様子を見ていたアサトランの表情が緩む。
「まあ、これも、この商人が悪いとは思うのですが・・・
スライムはどこまでいっても、最弱の魔物です。強い魔物が生息する地域や、困難な道を進まなければならない時には連れて行けません。死んでしまいますからね。その日も、商人はスライムを連れて行かず、10日ほどで帰宅することを約束して出発しました。
スライムは、その商人が帰宅する時を、毎日首を長くして待ちました。毎日毎日、朝早くから夜遅くまで、ずっとずっと待ち続けました。やがて約束の10日が過ぎ、1ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、1年が過ぎました。それでも、スライムはずっとずっと待ち続けました」
アサトランは水を一口含み、話を続ける。
「やがて3年が過ぎ、5年が過ぎました。それでも待ち続けるスライム。しかし、カラルの領主が代替わりすると同時に、街中に魔物がいるという通報を受けた兵士達の手によって、そのスライムは討伐されてしまいました。
人々は商人を待ち続けたスライムを悼み、せめてもの慰めとして、その場所に石像を立て奉りました。そして、その信義を貫いた生涯を商売に紐付け、商売繁盛の象徴としたのです。
これが、スライムと、我が祖先であるヨハネスクの話です」
「先祖?」
「そうです。スライムが衛兵に討伐されて以降、ローランド家は、人でなしだの、人間のクズだの罵声を浴びせられまして、本当に酷い目に遭ったのです。スライムを待たせておきながら、どこかに行ってしまったヨハネスクのせいで。
それで、目の前の広場にモニュメントを置き、スライム伝説をローランド家の名前を伏せて流布し、商売繁盛のシンボルとして奉った訳です。そうすることで、ようやくローランド家に平穏が戻ってきたのですよ。本当に、迷惑な話です」
既にアサトランの代では関係の無い話であろうが、かなり熱のこもった口調で捲くし立てた。
シャルルもその勢いに圧倒されていたが、スライム伝説を説明し終えると同時に、一気にアサトランは萎んでしまった。その態度を目にし、シャルルは先程の様子を思い出す。最初に会った時から、どことなく塞ぎ込んでいるように見えたのだ。
「ありがとうございました。よく分かりました。
ところで、何かあったんですか?話を聞かせてもらったお礼に、何か力になれることがあればやりますけど」
アサトランは、シャルルとその後ろに控える2人をチラリと見る。その目が訴えていることを理解したシャルルは言葉を添える。
「一応、Bランクの冒険者なので、ある程度のことであれば大丈夫ですよ」
シャルル達のランクを聞き、明らかに安心したアサトランが口を開く。
「実は、私の息子・・・ローランの弟になるのですが、もうかれこれ10日以上帰ってこないのです」
先刻ギルドで聞いた話を、シャルルは思い出した。
「もしかして」
「はい。次男のナニワンが、近くの森に薬草を取りに行ったきり戻ってきません。強い魔物がいる訳でもありませんし、その後、捜索隊も出したのですが、その人達も帰ってこないのです。もう、私はどうしたら良いのか分からなくて・・・」
アサトランの話を聞き、シャルルが振り返る。2人はシャルルに対し、ほぼ同時に頷いた。
「分かりました。ギルドに捜索クエストが出されているようなので、それを受けましょう」
「おお、ありがとうございます!!」
シャルルが差し出された手を両手で握り締めると、アサトランは満面の笑みを浮かべた。
「必ず、見付けてきます」
アサトラン商会を後にしたシャルル達は、早速ギルドに戻ることにした。
ギルドに張り出されているクエストには、もう少し詳しい内容が記載されているはずだ。どういう状況なのかもっと情報が欲しかった。




