カラルの伝説①
道中、パテト絡みの様々なハプニングがあったものの、シャルル達の目の前にカラルの街並みが見えていた。カラルはアルムス帝国最北端の町であり、その北側には頂上が見えないほどの山々が聳えている。街の周囲には仕切り代わりの木製の柵があるだけで、ごく一般的な大規模集落にしか見えない。
お互いに反対側を向いているパテトとイリアを引き連れ、疲れ果てたシャルルが町に足を踏み入れる。視線だけを背後に向け、2人の様子を見てシャルルは嘆息する。
パテトはシャルルの記憶を覗いたため、イリアが犯した罪を知っている。その後、シャルルが何を思っていたのかも分かっている。それだけに、いくらシャルルが許したからといっても、すんなりと受け入れる気にはなれなかったのだ。
一方、イリアは聖女であり、勇者の従者としての自覚が人一倍ある。責任感が強く、生来、真っ直ぐな性格である。それ故に、食べる事ばかりを考え、だらしない生活態度のパテトが許せないのだろう。
溜め息を吐きながら、シャルルは入口に立っている守衛に声を掛けた。守衛はまだ若く、簡素な装備に、木製の槍を手にしている。
「ここがカラルで間違いないですか?」
まだ二十代前半と思われる守衛が、シャルルとその背後に並んでいる2人を目で確認する。
「ああ、ここがカラルだよ。観光に来たのかも知れないけど、今少し問題が起きていてね。楽しい旅行、なんてことにはならないかも知れないよ」
「問題?」
シャルルが漠然と疑問に思っていると、背後からイリアが訊ねた。
「何か大変なことでも起きているんですか?一応、私達は冒険者ですし、何かお力になれることがあるかも知れません」
イリアの言葉に、再び守衛が3人を見渡す。全員、見た目も実年齢も16歳だ。いくら冒険者と言えど、信頼できる腕があるようには見えない。守衛はイリアの言葉を受け、笑いながら答えた。
「そうだなあ、この町にもギルドの支部があるから、そこに行ってみてもらえないかな。もしかすると、そこにクエストとして張り出されているかも知れないよ」
シャルルはギルド支部の場所を聞き、礼を言ってその場を後にした。
ギルド支部は町の入口から200メートルほど進んだ場所にあり、当然のように宿屋や食堂も隣接していた。食堂に突撃したパテトを放置し、シャルルとイリアはギルドのカラル支部へと足を運ぶ。どこでも同じように、野卑た視線がシャルル達に向けられた。
シャルルと共にいるのは聖衣服に身を包んだイリアだ。腰まで伸びた白銀色の髪を靡かせる美少女。しかも、均整の取れたプロポーションが、ピタリとした聖衣服の上からでも分かる。
ロビーにいた男達は嫉妬の余り、目に真っ赤な炎を灯していた。
受付に行き、シャルルが自分の冒険者カードを差し出す。そして、口を開こうとした瞬間、背後から声を掛けられた。
「ここは、俺のような屈強な男が来る場所だ。小僧が来る所じゃねえぞ!!」
チョロチョロとイリアに視線を送りながら、力こぶを作る冒険者。
「シャルル様、ですね。Bランクパーティの方々に来て頂けるなんて!!」
「え・・・Bランク?」
ギルド職員の言葉にあからさまに怯んだ冒険者は、そそくさと窓際のベンチに戻って行った。
「それは、本当ですか?」
驚いたのはシャルルも同じであった。ギルドのクエストを達成したこ記憶がない。だから、今でもEランクのはずだ。今回、イリアが加入したことにより4人になったとはいえ、4人パーティの上限に達している理由がない。
しかしギルド職員は微塵も迷うことなく告げる。
「ギルド本部の査定で、Bランク以上、との評価がされています。もし仮に5人に増員された場合は、自動的にAランクに昇格すると思いますよ。こんな評価は初めて見ましたけど・・・一体、何をされたんですか?」
その問いに、シャルルは苦笑いすることしかできなかった。
「おいおい、小僧がいきがってんじゃあねえぞ、コラ!!」
ここカラルで何が起きているのか訊ねようとした瞬間、再び野太い声が響いた。振り返ると、そこには先程の冒険者よりも一回り大きい男が立っていた。
「どうせ、他のパーティメンバーが強いんだろ。お前のようにヒョロイ奴が、強いはずがねえ。生意気なんだよ、こんな美人を連れやがって!!」
イリアに視線を送りながら叫ぶ冒険者。どこに行っても同じ絡まれ方をされ、いい加減面倒になってきたシャルルは大きな溜め息を吐いた。シャルルとしては、余り目立つ真似はしたくないのだ。
純粋な言い掛かりだった。男は意味不明な理屈で絡み、その上で調子付いてシャルルの胸倉を掴んだ。
「イデデデデデ・・・」
しかし次の瞬間、悲鳴を上げたのは冒険者の方だった。
シャルルの胸倉を掴んでいた腕を、イリアの細い手が掴んでいた。イリアは聖女であると同時に、高レベルの冒険者である。レベルも軽く40を超えている。
イリアは冒険者の腕を掴んだまま、穏やかな笑顔を浮かべた。
「暴力は関心致しませんね」




