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決着⑩

 その後、様々な人達が、色々と納得できないまま謁見は終了した。


 まだクレタの街は復興が始まったばかりであるが、夜は帝城にて晩餐会が開催されることになっていた。一般の国民のことを考えれば不謹慎とも思えるが、アルムス帝国は大国としての威信を保たねばならない。魔王に襲撃されてなお余力があるところを、国内外に見せつけなければならないのだ。


 当然のようにシャルル達も招待されたが、参加するつもりはない。出直してくると告げ、そのままクレタから旅立つ予定だ。面倒なイベントに付き合う義理はないのだ。


 不機嫌そうに退室する皇帝を見送ると、シャルルは足早にその場を離れた。

 いつも徒歩で移動しているシャルルは、本来ならギルド本部までの距離を馬車で移動する必要はない。シャルルはエントランスを抜け、帝城の門から逃亡を図る。恐る恐る城内を歩いたが、誰にも呼び止められることもなく城門まで辿り着くことができた。


 想像していたよりも簡単に、城門から出ることができたシャルルは、振り返って帝城を眺める。後は、日が暮れるまでにクレタを発てば良いだけだ。


「シャルル殿!!」


 ようやく城外へと脱出したシャルルを、聞き覚えのある声が呼び止めた。無視する訳にもいかず、ビクビクあいながらシャルルが振り返る。そこにはいつもの甲冑姿とは違う、ドレス姿のフィアレーヌが息を切らせながら立っていた。近衛隊時の緋色の鎧姿は凛々しいが、真っ赤なドレス姿は女性らしく華やかで皇女の気品を感じさせる。


「先程は早合点していしまい、大変申し訳なかった」

 頭を下げるフィアレーヌに、シャルルが対応する。

「いえいえ、誰しも勘違いということはあるものですから」

「そう言ってもらえると助かる。結婚は全ての魔王を討伐した後、ということだな。戦いの最中に結婚するなど、勇者としての名声に傷が付くかも知れぬしな」

「は?」

 時期の問題ではないのであるが、シャルルは説明を諦めた。


「もう、このまま行くのか?」

 一瞬言葉に詰まるが、シャルルは素直に認める。

「はい。晩餐会には興味がありませんし」

 その答えを聞き、フィアレーヌは予想していたのか、慌てることもなく頷いた。

「先に進むのであれば、必ず私の力が必要になる時が来る。それまで、暫くの間は離れ離れだ。少し寂しいが、我慢しよう」

 いつも通りの佇まいであるが、目元に光るものが見える。


「ああ、それと、旅立つのであれば、これを持って行ってもらいたい」

 フィアレーヌが手にしていた、小箱を差し出した。シャルルはその箱を見て、フィアレーヌと初めて会った時のことを思い出す。フィアレーヌは小箱を開け、中に入っている物を見せた。


「これは、私が宝物殿で、自らの装備を探していた時に偶然発見した物だ。気になって鑑定士に調べさせたところ、勇者が持つことによって光り輝き、その効果を発揮する物だという。光の護符・・・その効果までは判明しなかったが、これは勇者であるシャルル殿が持つべき物であろう」


 その説明を聞きながら、シャルルはアポネ遺跡での最終試練後に出現した石版を思い出した。光の護符―――恐らくそれは、失われた地ゼラノの瘴気を浄化するアイテムだと思われる。


 直ぐに向かう訳にはいかないが、近い将来、必ず訪問する場所だ。しかも、そのための必須アイテムである。シャルルは差し出された小箱を受け取るために、自らの手を伸ばした。しかし、目の前の小箱が、唐突に消失する。


「「え?」」


 シャルルもフィアレーヌも、一体何が起きたのか全く理解できなかった。

 しかし、それは本当に一瞬で、2人はすぐに足元の影から上半身を突き出している男を見付ける。シャルルは反射的に剣を抜こうと腰に手をやるが、装備していないことに気付いた。


「ワシの名はオヅノ。ギルド・デスマ・・・いや、ヤクモの国、死天王の一人。主の命により、光の護符を頂戴しに参った」


 オヅノの手には、光の護符が入った小箱が握られていた。

 シャルルは瞬時に収納から剣を取り出すと、そのまま横に一閃する。剣が捉えたはずのオヅノは影に沈んで消え、数メートル離れた場所の影から静かに浮かび上がった。


「これは、このまま貰って行くぞ。もしも返して欲しくば、最北の地ヤクモまで来るが良い」

 再度シャルルが反応し、素早く剣を振り抜く。しかし、その剣がオヅノを捉えることはできなかった。


「ククク、待っているぞ―――」

 その言葉を残し、オヅノは影に沈んで消えた。

 影移動は操影術の一種であり、影と影を亜空間で繋ぎ任意で移動することができる。その移動速度は高速で、熟練者ともなれば見つけ出すことさえ不可能に近い。


 呆然したままのフィアレーヌに、シャルルが宣言する。

「必ず、小箱を取り戻し、デスマを潰してきますから」


 その一言に我に返り、フィアレーヌは無言で頷いた。



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