決着⑨
「おのれ!!我が娘、フィアレーヌまでも愚弄するとは、もう許せぬ。切って捨てる故、そこに直れ!!」
再び皇帝が宝刀を抜き、上段に構える。上段だけに冗談にならない、とか、危機的状況だけにシャルルの脳裏を現実逃避のダジャレが流れる。
「お待ちなさい!!」
凛とした声が響き、皇帝が即座に剣を納めて玉座に座る。やはり、皇帝の乱行を制したのは皇后であった。一体何がどうなっているのか、シャルルには全く状況が掴めていない。
「それで、一体、何がどうなっているのですか?」
シャルルの疑問を言葉にしたのは皇后であった。それに対し、皇帝が即座に答える。
「コヤツが、この勇者が、フィアレーヌを褒美にくれと言うから、こんなことになっておるのだ。まあ、相手は勇者だし、フィアレーヌも17歳だし、確かに良い縁談かも知れないが。だがしかし、魔王討伐の褒美というのが気に入らぬ。真正面から、妻にしたいと言って来て、余と勝負して勝ったなら、まあ、泣く泣く嫁にやらぬでもないが・・・しかし、褒美というのが、どうしても許せぬのだ!!」
皇后の視線がシャルルに向かう。目が合った瞬間、シャルルは大きく首を左右に振った。正真正銘、身に覚えの無いことだったからだ。
シャルルの反応を確認した皇后は、次にフィアレーヌを見る。
「え・・・えっと、抱き締めたい、と言われたので、求婚されたのかと・・・」
今度は、皇后が少し目を細めてシャルルを睨む。
「あ・・・えっと、確かに言いましたけど、それはそういうことではなく―――」
「斬る!!」
再び立ち上がる皇帝。今度は、皇后も止めない。
「ま、待って下さい!!僕には、他人のスキルをコピーする能力があるんです。コピーの条件が、相手を抱き締める、なんです。フィアレーヌ様の飛行スキルをコピーさせて頂こうかと―――」
誤解が複雑骨折していたが、必死でシャルルが説明したからなのか、それぞれが渋々納得して元の位置に戻る。シャルルも、若い女性に対して軽々しく「抱き締めたい」などと口にしたことを猛省する。当然のように、シャルルは飛行スキルを諦め、褒美も辞退した。
安堵の表情を浮かべる皇帝と、何となく不満そうなフィアレーヌが対象的である。その2人を眺め、皇后は嘆息した。
「さて、アニノート王国のパテト王女。貴女に、何かお望みはありますかな?」
相手が一国の王女ということもあり、皇帝が丁寧に問う。
「はい」
濃い紫色のドレスを纏ったパテトが、優雅に応える。普段は態度が悪く、言葉遣いも微妙なパテトであるが、元は一国の王女である。その受け答えも、所作も、そしてその容姿も見違えるほどに美しかった。
「我が祖国アニノートは、ユーグロードの信義に背く行為によって蹂躙されました。現状、私だけの力ではどうすることもできませんが、必ず、この手で祖国を取り戻そうと思います」
「なるほど。その手助けをして欲しいと?」
皇帝の言葉にパテトは頭を振る。
「いえ。国は、私と、そして共に戦ってくれる人達で取り返します。ですから、国が復興するための助力を願いたいのです」
顔を上げて言葉を紡ぐパテトに、皇帝は大きく頷いた。
「承った。パテト王女が国を取り戻した暁には、我がアルムス帝国が全面的に援助しよう」
皇帝の返事を聞き、パテトは満面の笑みを見せた。
「さて、ユーグロード王国の公爵令嬢にして聖女の称号持つイリア・テーゼよ」
「はい」
皇帝から声を掛けられ、イリアがその場で片膝を突いて頭を垂れた。純白の聖衣服が床に広がる。それを見た皇帝は、手を振って立ち上がるように伝える。
「そなたも、聖女の力によって南塔付近のアンデッド共を駆逐したと聞いている。何か望む物はなるか?」
「私に望む物などございません。私は聖女として、当然の義務を果たしたに過ぎないのですから」
両手を合わせ、祈りの姿勢で皇帝に答えるイリア。しかし、何かに気付いたのか、ハッとして顔を上げた。
「物、ではございませんが、お願いしたき儀が1つ」
「それは、何だ?」
「はい。私を、皇帝陛下のお力により、勇者シャルル・マックール様のパーティに加えて頂きたいのです」
「な―――」
それ聞いたシャルルが絶句する。しかし、皇帝の面前ということもあり、勝手に口を開く訳にもいかない。
「目の前にいるではないか?」
皇帝が当然の疑問を抱くが、イリアとシャルルを交互に確認した後で鷹揚に頷いた。
「分かった。余の圧りょ、申請により、そなたを勇者のパーティに加えておこう」
「ありがとうございます」
イリアが頭を下げ、シャルルは唖然として固まる。
魔王との戦い―――今回は、実力で魔王に勝った訳ではない。
そう考えると、イリアはシャルルにとって必要な戦力である。結局、「許した訳ではない」と連呼しながら、シャルルはイリアの加入を認めた。




