決着⑦
「う、うむ。とりあえず、シャルル殿の望みも、父上に奏上しておく。また後程、謁見の間で会うとしよう」
「え・・・父上に奏上?あ、あの、ちょっと―――」
「さらばだ!!」
紅の髪を翻し、フィアレーヌは足早に去って行く。その後ろ姿を見送りながら、シャルルは嫌な予感しかしなかった。
正門と北塔付近で交戦していたアンデッドは、魔王と共に浄化された。
クレタ近隣にアンデッドの姿は全く見えない。真夜中の乱戦に不安を募らせていた住民達も、どうにか落ち着きを取り戻しつつあった。
シャルルが見詰める先、東の空がようやく明るくなり始めた。
「とりあえず、ギルドに帰ろうか」
シャルルが呟くと、パテトが歩み寄って来る。その後ろから、なぜかイリアが付いて来る。
「いや、イリアは関係ないよね?」
大きく口を開き、固まるイリア。
美少女が台無しであるが、そんなことはどうでも良い。イリアは聖女である。イリアが帰るべき場所は、大聖堂―――と考えていたシャルルが、大聖堂の方向を見て動きを止める。
「ああ、そうか、クライツ男爵が壊したんだったな・・・」
「いえ、シャルルとクライツ様が、壊したんですよ」
笑顔で否定するイリア。その顔を見て、シャルルは何も反論できなかった。
「えっと・・・宿泊費は僕が出すから」
シャルルはパテトとイリアの前を、ギルドに向かって進む。塔の近辺だけではなく、乱戦を擦り抜けたアンデッドにより、街の中もかなりの被害が出ていた。
道に散らばった瓦礫を避けて進もうとした時、シャルルに声を掛ける者がいた。
「シャルルさん」
シャルルが声の方に顔を向けると、そこに見覚えのある人物が立っていた。
「ああ、貴方は―――」
「カルタスの門で会ったローランです。あの時は、本当にありがとうございました。でも、まさか、シャルルさんが勇者だとは思いませんでしたよ」
それは、カルタスに入れず、門前で一緒になった商人のローランであった。
「改めまして、私の名前はローラン・ロードランと申します。ここ、帝都クレタでローラン商会を経営しています。以後、お見知りおきを」
どうやら、ローラン商会も被害を受けたらしく、店舗の一部が崩れていた。夜が明けぬうちから、早くも修繕作業をしていたらしい。
ローランと並んで被害の状況を眺めていたシャルルは、足元に転がる瓦礫の中に、奇妙な物が紛れている事に気付いた。
どこに飾ってあたったのか、2つに割れてしまったそれを目にしたローランが口を開く。
「ああ、これは商売繁盛のお守りみたいな物です」
「スライムが、ですか?」
足元に転がっているスライムの石像を見下ろしながら、シャルルは訊ねる。
「そうですねえ、話せば長くなるので・・・誠実と忠節の象徴、といった感じですかね。もし、これから北に向かうようなことがあれば、もっと詳しく話を聞くことができると思いますよ」
「ふうん・・・」
力を使い果たし、既に眠くなり始めていたシャルルは、とりあえず相槌を打つ。それを見てローランが苦笑いする。
「私も、開店時間までには片付けをしてしまいたいので、これで失礼しますね。街の英雄ですから、ゆっくりお休み下さい」
店舗の方へと向かうローランを見送ったシャルルは、その場で大きく欠伸をする。そろそろ、本格的に限界らしい。振り返ると、パテトは既に船を漕いでいた。
その20分後、シャルル達は途中で寝落ちしてしまうこともなく、無事にギルドに到着した。夜明け前にも関わらず冒険者でごった返すロビーを抜け、宿泊場所に移動するとベッドに倒れ込んだ。
どれだけ時間が過ぎたのだろうか。激しくドアを叩く音で、シャルルは目覚めた。寝惚けたままドアを開けると、明らかに場違いな人物がそこに立っていた。
ここは、下位ランクの冒険者が宿泊する、安価なギルド付きの宿泊施設である。要するに、ベッド、しかも木でできた簡素な寝床があるだけの庶民の宿だ。そこに、青と白で統一された正装に身を包んだ上級政務官らしき人物が、2人の護衛付きで立っていたのである。
「シャルル・マックール様。皇帝陛下がお呼びになられています。至急、帝城にお越し下さいますようお願い申し上げます」
次第に頭が回転を始め、事態が飲み込めていくシャルル。シャルル的には、皇帝に用事はない。可能であれば、辞退したい呼び出しである。
「行かない、という訳には―――」
「いきません」
「ああ、そうそう、着て行く服が、正装など持っていませんよ」
「大丈夫です。そういうこともあろうかと、ご用意して参りました」
一度天を仰ぎ、シャルルは観念した。
こうなれば、早く行き、早く終わらせた方が良い。
シャルルが正装に身を包んで部屋の外に出ると、同じく正装に着替えたパテトとイリアが待っていた。パテトを見て思う。馬子にも・・・




