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決着⑥

 シャルルは、2人が消えた空間を見詰めたまま動けなかった。


 クレタの惨状、クライツの悲哀、魔王の存在・・・それらが頭の中を駆け回り、全く思考がまとまらなかったのだ。いや、それは簡単に理解できるものではないのかも知れない。



 ―――それにしても、魔石は不味い。

 シャルルは手にしていた魔石をマジマジと眺めると、収納に突っ込んだ。

 こんな石ころを、よくもまあ、パテトは丸々1個も食べられるものだ。というか、口に入れば何でも食べるのかも知れない。


 そう思いながら振り返るシャルルと、パテトと目が真正面からぶつかった。シャルルは一瞬、新型の念話スキルを会得したのかと思ったが、すぐにそれが杞憂だと気付く。


「串焼きが食べたいんですけど・・・」

「あ、ああ、うん」

 シャルルは収納から串焼きを取り出すと、パテトに手渡した。


「あ、あの・・・」

 そこに、純白の聖衣服を泥まみれにしたイリアが、怯えながら近付いてくる。

「わ、私・・・あの・・・」

 まともにシャルルの顔を見ることもできず、俯いたまま言葉を探すイリア。公爵令嬢としての毅然とした振る舞いしか記憶にないシャルルは、そんなイリアに嘆息して手を伸ばした。

「こ、これは?」

「許しはしない。許しはしないけど・・・ありがとう。助かったよ」

 シャルルがイリアに渡したのは、鳥もも肉の串焼き。照り焼き醤油味。こんな庶民の食べ物を、高貴な公爵令嬢が受け取るはずがない。そう思ったが、今はこんな物しか手持ちが無い。

「あ、ありがとう!!」

 軽く衝撃を受けるシャルル。そんなシャルルの前で、イリアは串焼きに齧り付く。「美味しい」と笑ったイリアを目にし、シャルルは反射的に視線を逸らした。


「シャルル殿」

 2人が串焼きに夢中になっている所に、フィアレーヌが顔を出した。シャルルは片膝を突き、皇族に対する最低限の礼を取る。

「これは、フィアレーヌ皇女殿下」

「あ、いやいや、そんなことをするのは止めてもらいたい。救ってもらった国の皇女という立場であれば、私が貴殿に頭を下げねばならない。そもそも、私が勝手に手を回したとはいえ、同じパーティメンバーではないか」

 フィアレーヌの言葉に従い、シャルルは立ち上がる。

「シャルル殿の働きにより、アルムス帝国は救われた。この国を代表して心より礼が言いたい。本当にありがとう・・・私にも、アレ貰えないだろうか?」

 最後の1本をフィアレーヌに渡すと、皇女という立場を忘れて齧り付く。

「ふむ、これは美味だな。明日にでも城の料理人に作らせよう」

「それは、多分無理かと・・・」


「おお、大事な事を忘れるところであった!!」

 串焼きに夢中になっていたフィアレーヌが、口の周りに醤油を付けたままシャルルに向き直る。その顔を直視したシャルルは、何かの罠かと疑いながら笑いを堪えた。


「おそらく、魔王討伐と、クレタ防衛の勲功を称えるため、明日にでも帝城に招かれるであろう。間違いなく連絡が付くようにしておいてもらいたい」

 シャルルは早々にクレタを発つつもりでいたが、そうもいかないらしい。名前と顔が売れてしまうと、何かと行動し難くなってしまう。

「ギルド本部の宿泊施設に泊まっていますので」

「承知した」

 フィアレーヌは、串焼きの一番根元に刺さっていた肉を名残惜しそうに咥えると、スルリと抜き取って口に含んだ。


「それと、何か褒美に求める物はあるか?

 アルムス帝国の歴史は古く、土地も肥沃だ。300年に1度魔王に襲われたからといって、土台は一向に揺るがない。一生豪遊しても使い切れないほどの大金を用意することもできるし、宝物庫には想像を絶する宝具もある。どうする?欲しい物があれば、私から父上に奏上するが」


 フィアレーヌの申し出に、シャルルは左右に首を振った。

「特に欲しい物はありません。お金も十分に持っていますし、宝具など使い道もありませんし・・・ああ、そういえば、1つだけ欲しい物、いや、望みがありました」


「ほう、それは何だ?」


 促されるまま、シャルルは正直に答える。

「フィアレーヌ皇女殿下を、抱き締めさせてもらえませんか?」


「え?」

 真顔で硬直し、下の方から真っ赤に熟すフィアレーヌ。第三皇女であると共に、近衛隊の副隊長であるフィアレーヌは超絶美人ではあるが、逆にその浮世離れした容姿と武力、家柄によって寄り付く男は皆無であった。それ故に全く抗体が無い。


「あわわわわ、い、い、いや、それは・・・」

 フィアレーヌの態度に言葉が足りなかったと気付いたシャルルが、必死に弁明する。

「いえ、その、飛行スキルをコピーさせて頂こうかと。僕には、コピーするスキルが―――」

「けけけけ、け、結婚を前提に、抱き締めたいなどと!!」

「違うわっ!!」


 シャルルは思わず、皇女に向かって激しいツッコミを叩き付けてしまった。


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