決着④
魔石を齧りながらシャルルは立ち上がり、パテトとイリア、そしてフィアレーヌが探してきた聖遺物と思われる品々の前に移動する。そして、それらを包む純白の布を取り払った。
その瞬間、300年に渡り祈り、捧げられた遺物が一気にその力を解き放たれる。その力は、特別な奇跡を起こすというものではない。ただ、その姿を強制的に視認させる程度のものだ。
その意思に反し、魔王の視線も強制的に聖遺物に釘付けとなる。
夜空一面に広がっていた隕石が消失した。
燃え盛る強大な火の玉が、粒子となり暗闇に溶けていった。
終焉を告げる轟音は、まるで幻術であったかのように遠く過ぎ去った。
術者の集中が途切れたため、魔法そのものがキャンセルされたのだ。
シャルルは、思い出したのだ。カルタスで耳にした昔話を・・・
圧倒的な憎悪、怨嗟、憤怒、猜疑心、復讐―――そう、ロドニ大戦を。
エルダーリッチは、誕生から年月が経つほどに魔力が強化され、不死性が強まる。故に、魔王が数百年前に出現したとは思えない。
そうであれば、答えはただ1つ。
魔王の正体は、エルダーリッチとなり怨敵であるロドニ侯爵を全滅させた、男爵クライツ・ドートリッシュ。これほどの魔力を蓄え強力になるエルダーリッチなど、1200年前の彼でしか有り得ない。
魔王は300年周期で復活し、アルムス帝国を滅ぼすために破壊の限りを尽くした。だが、その度に、当時の勇者に何らかの方法で封印された。300年前と600年前に封印した方法は、第3の試練が教えてくれた通りだ。恐らく、900年前の方法も同じだろう。
石版に刻まれていた言葉。
―――東西南北に塔を建て祈りを捧げよ―――
その祈りは一体何に?
女神テレス?
その塔に?
いや、違う。
祈りを捧げるべき相手は、封印を可能にする聖遺物だ。
そして、魔王であるクライツ男爵を封印できる物は、この世に1つしかない。
ある程度魔力が回復したシャルルは、その魔法名を口にする。
「―――修復魔法」
すると、淡い青白色の光が4つの遺物を包み込んだ。
それらは1つになり、本来の人の形へと戻っていった。
「エ、エレーナ・・・・・・エレーナ!!」
魔王の絶叫が、瓦礫で覆い尽くされた街に響き渡る。
聖遺物、それは、4つに分割された、クライツの妻であるエレーナ・ドートリッシュその人の亡骸であった。
魔王は慟哭した。
目の前に立つシャルルの存在を忘れ、地面に膝を突き、ただ、空に向かって慟哭した。
その声は、怨念の欠片もない、純然たる悲痛な叫びであった。
魔王クライツ男爵は、ずっと昔に置き忘れていたことを思い出していた。
封印と復活を繰り返し、その度に徐々に忘れてしまったこと。
これほどまでに強力な力を得ても、毎回なぜか抗うことができずに封印されてしまった。
それは、一体どうしてなのか?
その答えが、目の前にある。
自分がなぜ、アンデッドに身を落としたのか。
なぜそうまでして、戦わなければならなかったのか。
それは、妻エレーナのためだ。
クライツとエレーナは幼馴染であり、幼少期から多くの時間を共に過ごした。そして、結婚する約束をした。それは幼い決意ではあったが、2人の気持ちは変わることなく、18歳になった時に結ばれた。誰もが羨み、誰もが祝福する結婚であった。
しかし、それから2年後に悲劇は起こる。
偶然、所用で立ち寄ったロドニ侯爵がエレーナを一目で気に入り、強引に連れ去ったのだ。その時、クライツは帝都に赴いていたため留守であり、帰宅して愕然とした。
すぐにロドニ侯爵の元に行き、エレーナを返してくれるように詰め寄った。しかし、ロドニ侯爵は「身に覚えが無い」の一点張り。そもそも、相手は侯爵位である。男爵が詰問したところで、それ以上どうすることもできなかった。
意を決したクライツは帝都に向かい、皇帝に直訴した。
しかし、その時には既にロドニ侯爵の手が回っており、訴えは握り潰されてしまう。
失意の中、クライツが選んだのは実力行使であった。しかし、クライツは男爵といえど名ばかりで、私兵など1人もいない。一方、ロドニ侯爵は要衝であるカルタスの領主であり、その兵力は1万人を超えていた。
勝ち目のない戦い。それに勝つため、クライツはエルダーリッチとなり、その膨大な魔力と不死の身体によってシアを壊滅させ、ロドニ侯爵の兵を全滅させた。
しかし―――
エレーナは貞操を守るため、既に自害して果てていた。
クライツは悲しみに沈み、その尽きない思いは怨念へと姿を変え、アルムス帝国を、人間そのものを滅ぼすためだけの存在となった。魔王、エルダーリッチの誕生である。
その魔王がようやく愛する妻と再会し、枯れ果てていたはずの涙を流した。
その名を叫び、ただ慟哭する。




