決着③
「う、ぐっ・・・・・・て、転移」
シャルルは両手で触れている魔法そのものを、数百メートル上空に強引に転移させた。
突然環境が変化したため、召喚された業火はバランスを崩し、その場で大爆発を起こした。炎の断片が花火のように飛散し、闇夜を照らし出す。 空から爆風が降り注ぎ、瓦礫が巻き上げられて宙を舞った。
その中で、シャルルは重力に負けた両手をダラリとブラ下げて立っていた。
超級魔法を受け止めるために、魔法盾を幾重にも張り巡らし、消滅する度に瞬時に重ね掛けをし続けた。そして、その魔法そのもののを転移するために、大量の魔力を消費した。ヒール程度であれば、まだ使用できるが、今は少しでも魔力の消費を抑えたかった。
魔力は枯渇し、生気も既に残り僅かとなっている。
それでもまだ、シャルルは諦めずに足掻く。
(パテト・・・聞こえるか?)
魔王を睨み付けたまま、シャルルは念話スキルで離れた場所にいるパテトに話し掛ける。
(聞こえてるけど・・・何で、こんな遠くまで念話が届くわけ?チョット、納得いかないんですけど)
元々、念話は共通の言語を持たない者同士の意思疎通をするスキルである。しかしシャルルは、遠隔地にいる者との会話を可能にするまでスキルを昇華させていた。
(多分、東西南北それぞれの塔に聖遺物があるはずだ。それを探して、ここまで持って来て欲しい)
(は?何それ?)
(頼む。なるべく早く。そうしないと、もう、そんなにもたない・・・)
もう、もたない―――その言葉を聞き取った瞬間、パテトは疲れ果てた身体に残りの力を全て注入し、素早く立ち上がった。パテトと同時に念話を受信したイリアも、そしてフィアレーヌも、同時に行動を開始する。
「人間ゴトキガ我ノ魔法ニ耐エ切ルトハ。ヤハリ勇者ハ危険ダ。排除シナケレバナルマイ」
再び、魔王の存在が歪み、その場から消える。しかし、それを読んでいたシャルルは神速を発揮し、瞬時に移動し魔の手から逃れた。
「そう、何度も食らってはやらない」
避けられたことが信じられなかったのか、魔王が憤怒のオーラを放って振り向いた。
「―――死呪」
即死魔法。常態であれば、シャルルは容易にレジストできる魔法である。しかし、生気も魔力も枯渇しているシャルルには脅威であった。
死神の鎌に、シャルルは精神力を使い果たしギリギリ耐え切った。
心臓が一瞬止まり、呼吸が停止していたシャルルが息を吹き返す。
「カハッ・・・」
今回はどうにか耐えたが、何回もレジストできる可能性は低い。徐々に消耗するシャルルと違い、魔王はまだ十分に余力をのこしている。このままでは、いずれシャルルが骸を晒すことになるだろう。
次の攻撃に備え、シャルルはフェイントを織り交ぜながら走る。一ヶ所に留まっていては、格好の的になってしまうからだ。そんなシャルルに対し、魔王は余裕の攻撃を加えた。無詠唱の魔法を次々と放ち、周囲に轟音と砂塵を巻き上げる。その度にシャルルは精神力を削られ、身体に傷を刻んでいった。
それを十回以上繰り返した後、ついに魔王が最後通告をした。
「勇者ヨ、ヨクゾココマデ持チ堪エタ。ソノ技術ト気力ヲ称賛シヨウ。
シカシ、イツマデモ遊デモイラレヌ。ソロソロオ別レスルトシヨウ」
魔王はその場に姿を残したまま、シャルルの背後に出現する。
「幻影!?」
シャルルがその魔法に気付いた時には、既に、その手から逃れる術はなかった。咄嗟に身体を捻り、体勢を低くして前転したが、魔王の指先が背中を掠めた。その瞬間、シャルルの身体から残り少ない生気が搾り取られ、避けた勢いのまま顔面から地面に突っ込んだ。
もはや立ち上がることができないほど生気を奪われたシャルルは、その場で反転し、魔王を眼に捉えることしかできなかった。
そんなシャルルを見下ろしていた魔王は、脅威判定を一気に下げ、その場で両手を天に翳した。
「人間ヨ、終焉ノ時ダ―――流星雨」
その光景を、シャルルは呆然と見詰めていた。
空が再び夕焼けのように真っ赤に染まり、数十個の流星が地表目掛けて落ちてくる。幻想的な景色ではあるが、それはクレタを喪失させる魔手である。
「シャルル!!」
その時、シャルルの耳にパテトの声が飛び込んできた。
「シャルル!!」
「シャルル殿!!」
シャルルの名を呼ぶ声は、更に2つ続いた。イリアとフィアレーヌである。
パテトが2つ、イリアとフィアレーヌがそれぞれ1つずつ純白の布に包まれた物体を手にしていた。極端に大きさが違うそれらをシャルルの近くに下ろすと、同時にイリアの声が響く。
「完全回復魔法」
ヒールの最上級魔法である完全回復魔法は、全ての傷を癒し、体力を最大値まで回復させる。
「はい」
そして、続いてパテトがシャルルに魔石を手渡した。「食べろ」、と。




