決着②
防御する間もなく、直撃を食らったシャルルは、後方に仰け反りたたらを踏んだ。その隙を突き、魔王は魔法を放つ。
「―――炎の豪雨」
シャルルの頭上に何十という炎の塊が出現し、それが一気に降り注いだ。
その速度と範囲を考えると、例えシャルルといえど逃げ切れない。間断無く集中豪雨のように降り続く炎は、地上にあるあらゆる物を溶かし、燃え上がらせる。相乗効果による超高温の発生地点では、地面までもがマグマのように煮えたぎっていた。
全ての炎が地表に落ち、全てを焼き尽くした。高熱の範囲攻撃を受けたエリアは灼熱地獄と化し、焦げた臭いが鼻を突く。全てが灰になり、一方的に蹂躙され終焉を迎える―――
はずであった。しかし、その攻撃の最中においてもシャルルは立っていた。燻る炎、大気を満たす臭気。全てを一身に受け止め、シャルルは立っていたのだ。しかし、上半身は黒ずみ、全身の至る所が焼け爛れている。
「疾風―――」
シャルルが倒れていない事を確信していたかのように、魔王は連続で魔法を放つ。大気の渦が出現し、それが満身創痍のシャルルを囲んだ。勇者相手に、魔王は全く油断していない。
「―――鎌鼬」
シャルルを取り囲む疾風が、次々と真空の刃を生み出す。それらが、全方向から一気に、或いは時間差で襲い掛かった。、成す術も無く、一瞬にして全身を切り刻まれるシャルル。鮮血が飛び散り、シャルルを中心とし、円を描くように真っ赤に染まっていく。そして、最後のに巨大な刃が、斜め下からシャルルを切り上げた。
シャルルはその一撃を受けて宙を舞うと、そのまま頭から地面に激突する。その勢いで頭を頂点にして半回転し、うつ伏せの状態で停止した。
強大な魔力による情け容赦無い上級魔法の連続攻撃。直撃を受けたシャルルは、地面を舐めたまま、震える手を魔王に向けた。
「ホ・・・聖なる光りの矢」
突き出したシャルルの手が聖なる光に包まれ、それが邪を滅ぼす矢となって魔王を貫いた。魔王は前屈みになって、その姿勢のまま動かなくなる。物理攻撃が無効ならば、魔法で攻撃すれば良い。通常の魔法が効かないのであれば、アンデッドを滅ぼす聖なる力を呼び出せば良い。邪悪なアンデッドに、聖なる力が通用しないことなど、あるはずがない。
「ハーハッハッハハハハハハハ!!」
闇夜を嘲る様な笑い声が響いた。それは、魔王であった。
「な―――」
驚愕するシャルルの目の前で、魔王が高らかに笑う。
「愚カナ、愚カナ人間ヨ。
我ヲ邪悪ナ存在ダト断ジタノカ。我ハ邪悪ナ存在ナドデハナイ。我ハ人間ノ本質デアル、恨ミ、怒リ、妬ミヲ集積シタ存在ガ我デアル。闇ノ部分ヲ宿シ、不死トナリ、人間ヲ超越スル存在トナッタノガ我デアル。我ヲ邪悪ト断ジ、聖ナル光デ滅スル事ガデキルノデアレバ、オ前達人間モ同様ニ滅スル事トナル。
我ハ人間ノ奥底ニ潜ム本質ソノモノ也。
我ヲ滅スルナラバ、人間モ共ニ滅ビヨ!!」
怨嗟の声を上げる魔王が、シャルルの眼前でユラリと歪む。次の瞬間に、その骸骨の顔はシャルルの直ぐ隣にあった。身じろぎさえもできず、白骨化した手で肩を叩かれる。
「アト何度、ソノ身体ニ触レレバ、ソノ命ハ尽キルノダロウナ」
瞬間的に身体を捻って地面を転がるが、その1秒にも満たない時間に、シャルルはごっそりと生気を吸い取られた。
―――どうすれば良い?
シャルルは朦朧とする意識の中で、思案を巡らせる。聖なる力も効果がないとなれば、いよいよ成す術がない。ジークが言っていたように、レベルが100を超えた者、魔王との戦いにおいて、レベル差は無意味だ。固有スキル、存在の特殊性が勝敗の鍵を握っている。
幽体に物理攻撃は効かず、魔法は強力な魔力によって防がれてしまう、しかも、アンデッドであるにも関わらず、その性質上聖なる攻撃にもダメージを受けない。
魔王とはいえ、余りにも強力過ぎる。
勝てるはずがない。
300年間も、こんな強大な魔王を封印していたなんて信じられない。
300年間も封印していた?
何かに気付き、シャルルの思考が埋没する。
「―――炎皇」
蹲るシャルルに、魔王の白い指が振り下ろされる。指先に集中する魔力が、地獄から業火を召喚した。漆黒の炎は渦を巻き、5メートルを超える火球となってシャルルに放たれた。至近距離から飛来する地獄の業火は地面を溶かしながら迫る。
「魔法盾」
シャルルは魔法障壁を張り、それを真っ向から受け止める。転移によって避けるだけであれば可能ではあるが、そんなことをしてしまえばクレタは一瞬にして灰になる。
両手を前に突き出し、魔法障壁ごと炎の渦を押し留めてはいるが、シャルルの手の平からはジリジリという音が聞こえている。魔法の進行は押さえられても、その威力まで抑え切ることはできない。




