国境の町 イグスタルーグ①
呪文を唱えると一瞬目の前が真っ白に染まり、次の瞬間全く違う場所に移動していた。
現代においては「忘れられた魔法」と言われる古代魔法、いわゆる禁呪の1つである。
王都パノマを出て2日目の夜、「転移できれば簡単に移動できるのに」と、シャルルは本気で考えた。これまでも、魔王ベリアムの隠し部屋で見付けた禁呪大全に転移魔法が記載されているのではないかと調べていたのだが、シャルルには文字が読めなかった。解読呪文は知らないし、解読の呪文を創作しようとしたが、その度に弾かれていた。
色々と試行錯誤した結果、文字を解読する呪文は既に存在しているようであった。しかし、全ての物を解析する呪文は存在していないことが判明した。そして、ようやく、シャルルは解析の魔法である「アナライズ」を完成させ、禁呪大全の解析に成功したのである。
シャルルはペラペラの捲ったページの先に、地獄の炎を召喚する呪文に並んで記載されていた転移魔法を発見する。一読して何となく理解したシャルルは、呪文を詠唱して短い距離の移動に成功。呪文を省略し、短い距離の移動に成功。実験が面倒になり、一度だけ訪れた経験があるアルムス帝国との国境の町、イグスタルーグの近くにある丘を脳裏に浮かべ、お試しついでに一気に転移してきた、という訳である。
なぜ、こんな移動するだけの呪文が禁呪扱いになっているのか?ずっと、シャルルには疑問であったが、よく考えてみると破格の効果であると気付いた。いつでも、どこにでも移動できるなんて、危なくて広められるはずがない。密輸も泥棒も、暗殺だって自由自在である。実際には、結界魔法が存在するのではあるが。
小高い丘の上から、シャルルは数百メートル先にある街を見詰める。
辺境の地にありながら周囲を5メートル以上ある石造りの壁に囲まれ、その外周には幅が5メートル以上ある堀が作られている。今でこそ、ユーグロード王国とアルムス帝国は停戦条約により戦っていないが、ほんの10年前までは、毎年のように小競り合いを繰り返してきた。その時に最前線となったのが、このイグスタルーグなのだ。この備えも、当然といえるだろう。
この世界の60パーセント以上は海であり、陸地は海の上に浮かんだ馬蹄、Uの形に近い形状をしている。右側の先端にラストダンジョン、右側にユーグロード王国。曲線部分の頂点付近が実は海峡になっており、その先がアルムス帝国、左側の中ほどに大山脈が連なり、先端部分にギガンデル皇国が存在している。その他にも、いくつかの小国が点在している。
薄汚れたのローブを纏い、フードを被ったままの服装でシャルルは門へと向かう。この格好であれば、ただの旅人にしか見えないはずだ。
門が見える場所に近付くと、4人の兵士が門番として立っていることが分かった。わざわざ一人ずつ顔を確認し、通行の許可を出している。国境の街だけに警備が厳しいことを、常識としてシャルルは知っていたが何か不自然である。
列が進み、あと数人で順番が回ってくるという所で、シャルルは兵士が手元の紙を見ていることに気付いた。遠目から覗き見ると、それは「シャルル・マックール」と書かれた人相書きであった。例え可能性は低くても、もしシャルルが生きていたら色々と問題があるからだろう。犯罪者として捕えてしまえば、後はダムザの思うままだ。
「よし、次」
兵士に呼ばれ、目の前まで移動する。シャルルの顔を見て、兵士は手元の手配書に視線を落とす。
「よし、次」
軽く兵に頭を下げ、シャルルは街の中に足を踏み入れた。
確かに、万一に備えて先手を打っていたダムザは抜け目がなかった。しかし、余りにも人相書きが似ていなかったのだ。惜しい部分もなく、一体誰がモデルなのか分からない有り様だった。
あれだと、間違えて捕えられる人が多く出るだろう。多分その時も、シャルルが悪者にされるに違いない。しかし、「今さら」だ。
イグスタルーグは最前線であるとともに、交通の要衝でもある。街の最西端には波止場があり、ラナク海峡に面している。その先、ラナク海峡を渡るとアルムス帝国である。そのため、停戦中の今は貿易港として賑わっており、街自体が繁栄しているのだ。
「さてと―――」
シャルルは街並を眺めながら、ようやく一息吐く。
ここまで来たシャルルが目指す場所は、西の大国アルムス帝国だ。しかし、国境を越えるためには船に乗る必要がある。問題は、その乗船券が嘘みたいに高額だということだ。金貨10枚以上。
<参考> 銅貨1枚 = 日本円100円
銅貨10枚 = 大銅貨1枚
大銅貨10枚 = 銀貨1枚
銀貨10枚 = 金貨1枚
シャルルの懐には、大銅貨2枚と銅貨数枚。これでは、乗船券どころか宿泊さえできない。少し豪華なご飯を食べれば消えて無くなるだろう。
ここで、シャルルはあることを思い出した。
お金ではないが、アイテムボックスにラストダンジョンで手に入れた宝物を突っ込んである。アレを売却すれば、いくらかの資金になるのではないだろうか。いや、現実的に、シャルルにはそれしか方法がない。そう決めたシャルルの動きは早かった。
シャルルはアイテムの取引所を探して、雑踏の中に身を投じた。
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