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クレタの聖戦⑦

 人間よりも大きい瓦礫が屋根を越えるほど吹き飛ばされ、ブレスが吹きぬけた石造りの建物や構築物は、触れた部分が緑色の液体に姿を変えている。即効性の腐食性ブレス。もし、このブレスが直撃していれば、助かる可能性はない。


「イタタタタ・・・・・・」

 腹部を押さえ、その手を真っ赤に染めたパテトが、前屈みになりながらドラゴンゾンビの死角に立っていた。かなりの深手を負っているらしく、足元がフラフラと揺れている。


 近接では、膂力に勝る物理攻撃。遠距離では、腐食ブレスによる攻撃。遠近ともに圧倒的な攻撃力の差があり、しかも、パテトの腹部はドラゴンゾンビの爪によって抉られている。シャルルがいれば回復魔法もあるが、パテトだけでは治療する術がない。


「ちょっと、ヤバイかも」

 思わず零れた弱気に、少し離れた場所から応える人物がいた。

「ヒールくらいなら、まだ使えるわ」


 ハッとして、パテトが声がした方向に顔を向ける。そこにいたのは、小刻みに震えながらどうにか立っているイリアだった。その姿を目にした瞬間、パテトの脳裏にシャルルの記憶が蘇った。

「この裏切り者が。何しに来たのよ!!」

 パテトの攻撃的な言葉に対し、イリアは逆に笑顔で答える。

「シャルルに頼まれて、スペクターを倒してきたの。まだこっちで戦闘の音がしていたから、助けに来たんだけど?」


 パテトは口を開いたまま硬直した。

 あれほど恨んでいた相手に、シャルルが助力を頼んだのだろうか?

 ・・・いや、シャルルは様々な出会いと経験を経て大きく成長している。もしかすると、個人的な恨みなど些細なことだと、人々のために割り切った可能性がある。


 それよりも重要なことがあった。

 同じ依頼をされたイリアは既に達成し、自分は未だに血塗れだという事実である。これは、パテトにとっては大問題だった。


「ヒールを―――」「いらない」


 パテトはイリアの申し出を拒否し、ポケットから拳大の魔石を取り出した。

 正直なところ、魔石を齧るなどということはしたくない。岩石ではないとはいえ、やはり石なのである。硬くて何の味もしない。しかも、後で顎が痛くなる。しかし―――


 イリアにだけは、絶対に負る訳にはいかないのだ!!


 唖然とするイリアの前で、パテトは魔石ガジガジと齧り始める。そして、半ばまで胃袋に流し込んだところで目を閉じて意識を集中する。その直後、パテトが紫色の光に包まれた。


「―――神獣化!!」

 パテトは2度目の神狼化を果たす。


 紫色に輝く髪の靡かせるパテト。神獣化により、腹部の傷は完全に再生している。

「フェンリル・・・?」

 獣化の更に先、神獣化に到達したパテトを見たイリアが呟く。その目には、明らかに憧憬が浮かんでいた。イリアも自分ではない何者かになりたかった。シャルルは勇者に、パテトは神獣に・・・


 イリアの視線に気付いたパテトが、苛立たしげに吐き出した。

「ふん、アンタだって、聖女になったんでしょうが」

 パテトの一言に、イリアの目が大きくなる。

「悔しいけど、あんな女神魔法が使えるなんて、聖女以外に考えられないわ」

 ドラゴンゾンビと対峙していたパテトにも、南塔の異変は見えていた。天空から舞い降りる虹色の風が。


 パテトが重心を落とし、力任せに地面を蹴る。パテトの足場になった地面は1メートル以上陥没し、疾走した跡には空気を切り裂く鋭い音が響いた。神獣化し身体能力が極限まで高められたパテトは音速を超えて移動し、その速度によって攻撃力は超絶にアップする。


 音さえ遅れて響く戦いは、ただの一方的な蹂躙であった。

 誰の目にも見えない攻撃が、ドラゴンゾンビを徐々に削っていく。

 空に向かって放たれるブレス。吐き終わる途中で、その腐った首が地面に落下する。同時に胴体に巨大な穴が開き、1匹目のドラゴンゾンビが完全に沈黙した。

 2匹目のドラゴンゾンビも腕を振り、尻尾を叩き付け、反撃を試みるが何の手応えもない。闇に一瞬の煌きが奔り、次の瞬間には尻尾が付け根から弾け飛ぶ。ドラゴンゾンビがパテトの姿を捉えた時には、その首が胴体から切り離されていた。ゾンビといえど、身体がバラバラでは最期の眠りに就くしかない。


 2匹目のドラゴンゾンビを倒したパテトは、激しく魔力と精神力を消耗したため、地面に大の字になって倒れた。肩で息をし、全身から発汗する。更に、神獣化で塞がっていた腹部の傷も再び開いた。パテトは苦痛に表情を歪めるが、それでもグッと拳を握り締めた。


「よし・・・勝った!!」


 気配を感じ、パテトがそちらに視線を移す。ちょうど、イリアが歩み寄って来るところだった。すぐには動けそうにないパテトは、イリアから視線を逸らした。


「ヒール」

 パテトの耳が囁きを拾う。その瞬間、疼いていた腹部の痛みが無くなり、傷口が見る間に塞がっていった。

「ア、アンタなんかに!!」

 パテトの鋭い視線を受け流し、イリアが笑みを浮かべた。


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