クレタの聖戦⑥
イリアが死霊使いを浄化する少し前、パテトは幽霊達に見つからないように遠回りして、西塔に到着した。
得体の知れない不気味な液体が飛び散るので、ゾンビ系統とは戦いたくはない。しかし、戦うのであれば、幽霊よりはマシだとパテトは思った。幽霊系の相手には、物理攻撃主体であるパテトの攻撃がほぼ効かないのだ。物理無効とか、本当に最悪の相性である。
ゾンビ相手だと思って来たパテトは、目の前に広がる光景に唖然とした。
暴れていたのは、ゾンビはゾンビでも、ドラゴンゾンビだったのだ。しかも、2匹。生前のドラゴン特有のスキルは消失しているが、全長30メートルを超える巨体に加え、強化されたブレス。そして、爪や牙による物理系の攻撃は生前よりも強化されている。西塔の根元が腐っていることから、腐食性のブレスを吐くことも予想できた。
ドラゴンゾンビが爪を振り下ろす度に、石造りの建物が簡単に倒壊していく。その光景を目にし、パテトはゴクリと唾を飲み込んだ。ドラゴンゾンビを止めるのはパテトの役目である。パテトがドラゴンゾンビを倒さなければ、街の人達は皆殺しにされてしまう。
パテトは串焼き屋のオジサンを思い浮かべ、思い切り地を蹴った。
「オジサン、絶対にアタシが護ってあげる。だから、後で山盛り食べさせてよ!!」
パテトの両腕に、新たに装着された神獣の篭手。その付与効果により防御力と俊敏がアップし、パテトの神速が空気を切り裂く。文字通り見えない攻撃が、後方にいたドラゴンゾンビの翼を根元から刈り取った。腐って黒く変色した体液を撒き散らしながら、ドラゴンゾンビがその巨体を捻る。その反動だけで、防壁の一部が崩れ落ちた。
「うげえええ・・・」
封魔の爪に付着した体液を見ながら嘔吐を催すパテト。何度も振ってそれを落とすと、ドラゴンゾンビに向き直った。
「ここら先には行かせない。どうしてもというなら、アタシを倒してから―――」
小さ過ぎて見えないのか、パテトを無視して街の中心部へと向かうドラゴンゾンビ。その態度に、パテトの怒りが頂点に達した。
「無視・・・するなああああ―――っ、獣化あああああっ!!」
怒りに震えるパテトの爪が、翼を切り落としたドラゴンゾンビの足を一周し、その太い右足を切り落とす。バランスを崩したドラゴンゾンビが、右側の建物に頭から突っ込んだ。
通りの真ん中で腰に手をやり仁王立ちするパテト。ようやく敵と認めたのか、2匹のドラゴンゾンビがパテトに身体を向けた。
「やっとヤル気になったみた―――」
何の予備動作も無く、いきなりドラゴンゾンビの尻尾がパテトを襲った。ゾンビに、知能などあるはずもない。あるのは、己に対する脅威の殲滅と、生者に対する憎悪のみである。
骨が剥き出しになった尻尾の攻撃は、獣化したパテトでさえも軽々と吹き飛ばす。セリフの途中で不意打ちをされた形になったパテトは、防御もままならないまま直撃を受けて防壁に突っ込んだ。
どう見ても、致命傷を覚悟する威力であった。しかし次の瞬間、瓦礫の山が爆発したように四散する。
「・・・まだ、アタシが話してる途中だったでしょうが・・・もう、アタマっきた!!」
自分と同じ程の大きさの瓦礫を跳ね除け、パテトはドラゴンゾンビに肉薄する。
複数の敵に対峙した場合、相手の数を減らす必要がある。1対多の戦いは、やはり不利なのだ。先程片足を切り飛ばして機動力を低下させた方に、パテトは狙いを定める。向かってきた爪をサイドステップで避けると、そのまま残った足を攻撃する。
封魔の爪は強力な武器ではあるが、武闘家専用の近接武器であり、どうしてもリーチが短い。それを補わなければ、巨大なドラゴンゾンビを屠ることはできない。
パテトは爪を巨大な足に刺し込むと、そのまま足の周りを一周する。それによって、刺すのではなく切断することが可能となる。先程も、同様の方法で右足を切り落としたのである。
神速の速度を活かし、目にも止まらぬ速さでパテトが回転する。しかし、無防備なパテトを目掛け、もう片方のドラゴンゾンビが、その凶悪な爪を振り抜いた。ゾンビには痛覚が無い。そもそも一緒に行動していても、仲間意識がある訳でもない。ただ、お互いが敵ではない、というだけなのだ。
ドラゴンゾンビの残っていた足が、パテトごと同胞によって切り飛ばされた。飛び散る体液の中、腐った足と同じ方向にパテトが吹き飛ばされる。ドラゴンゾンビの鋭利な爪は、しっかりとパテトの腹部を捉えていた。
両足を失い地面に蹲るドラゴンゾンビ。しかし、痛みも無ければ、感情も無いのである。地面から頭を浮かせ、その口を大きく開いた。その口内に瞬く間に漆黒の瘴気が集まり、それにドラゴンゾンビを蝕んでいる腐素が合成されていく。それが臨界に達すると同時に、パテトに向けて腐食のブレスが放たれた。
漆黒の激流が強い腐食性の液体を巻き込みながら、パテトが倒れている方向に襲い掛かった。




