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クレタの聖戦④

 イリアの目に、南塔の惨状が写る。

 完全に根元から破壊された塔。周囲の民家から聞こえる悲鳴。焼け出された人々や、身体を乗っ取られて暴徒と化している人々。そして、空中から嘲笑と共に、それを見下ろす人型の幽霊ゴースト


 空間を埋め尽くす人魂と、至る所を漂う人面。息が詰まるほどの瘴気の中、空中に陣取る人型の幽霊は、その上位種である死霊使い《スペクター》だ。


 その様子を視認したイリアは、立ち止まって息を呑む。普通に考えれば、イリア一人ではどうすることもできない状況である。過去に勇者パーティの一員として各地を転戦したが、それはあくまでも後方支援としてであり、そもそも強敵と戦った訳ではなかった。


 ―――無理だと感じた時には、自分の命を第一に考えて即座に逃げるように―――


 そう教えられ、イリアは勇者の従者になった。確かに名誉なことではあったが、その戦いは大半が名声のためであり、人々のための戦いではなかった。

 当初は、そのことに何の疑問も感じてはいなかった。しかし、戦いを重ねる度、次第に違和感を覚えるようになった。無害な魔物と戦い。危機に直面している人々を見捨て、最終的に、その中心である勇者を置き去りにした。


 イリアは、人々の役に立ち立った。勇者と共に人々を助け、窮地から救い、魔王を討伐するために全てを捧げるつもりでいた。

 しかし、現実を前にして、それは許されなかった。公爵令嬢という地位、国民の期待を背負った勇者パーティ。その全てが、聖女としての思考も心も、イリアから奪い去った。


 イリアは胸の前で手を合わせ、祈るようにして目を閉じた。


 ―――僕と一緒に、人々を護って欲しいんだ―――


 あの言葉は、イリアがずっと求めていた言葉だった。勇者と共に、自分の全てを賭して、人々を護るために戦う。損とか、得とかではない。本当に純粋な思い。心からの願い。


 再び目を開いたイリアには、もう怯えも恐れもなかった。

 そこにあったもの、それは、凛とした聖女の姿だった。


『―――イリアよ、今こそテレスの名の下に、聖女としての使命を与える。

 勇者と共に、闇を斬り祓う光になりなさい―――』


 それは、女神テレスの天啓であった。

 イリアの身体が光り輝き、周囲の闇を振り払っていく。


「―――浄化魔法ターン・アンデッド!!」

 イリアが杓杖を天に掲げ、浄化の魔法を唱える。

 その瞬間、目の前に広がる空間が淡い光に包まれ、一瞬にして全ての人魂が消滅した。それは、正に聖女の御業であった。


 1000体を超える幽霊が一瞬にして浄化され、宙に浮かんだ死霊使いが周囲を見渡した。そして、すぐにそれが、たった1人の少女によるものだと気付く。死霊使いは恐慌を呼び起こす悲鳴を上げ、浄化魔法をレジストした死霊レイス達に命じた。

 ―――その人間を殺せ!!、と。


 死霊は直接の戦闘力を持たない代わりに、人間を乗っ取って操る他、精神を混乱させるなどの能力がある。それは、十分に脅威となる力である。襲い掛かって来る者は、普通に生きた人間であり、死霊の叫び声は聞いた者を恐怖で硬直させることがある。しかも、死霊本体は完全に物理攻撃が無効なのだ。戦士などの職種は相性が悪い。


 イリアは襲い掛かって来る民衆を目にしても、全く動じなかった。当然、死霊の絶叫に怯えることもなく、その手に握っている杓杖を再び天に向けた。


「―――聖なる光よ・・・この世で迷いし魂に安寧を与え、天に還る道を示したまえ―――究極鎮魂魔法セイクリッド・ターン・アンデッド!!」


 呪文を詠唱したイリアが魔法名を唱えると同時に、天から巨大な光の道が下りてきた。それに、全ての死霊が全く抵抗することもできずに吸い込まれる。その光の道は、天の場所を示すように一際明るく輝き、再び天へと還っいった。


 死霊の大群を一瞬で浄化した魔法、究極鎮魂魔法は、浄化魔法の最上位魔法に位置づけられている。大司教クラスの神官でさえ行使できる者は数名であり、幻の神聖魔法とも呼ばれる。それほどの魔法を、イリアは行使したのである。


 至る所で、倒れた人々が正気に戻っていく。それを確認したイリアは、軽く安堵の息を吐いた。死霊は完全に浄化された。


 しかし次の瞬間、イリアは全身の力が抜け、激しい倦怠感に襲われて膝を突く。


「私の可愛いゴースト達を、全て浄化してしまうとは・・・許さん・・・・・・許さんぞ!!」


 最後に残った死霊使いが、イリアの身体を擦り抜けた。

 死霊使いは死霊の能力の他に、生者から生気を奪い取る魂強奪エナジードレインという能力を持っている。死霊使い触れられた者は、その時間に比例する量の生気を奪い取られてしまう。


 イリアは身体を擦り抜けられた時に、大量の生気を奪われてしまった。

 油断していたことは事実であるが、それを差し引いても死霊使いは強敵だということをイリアは再認識する。最上級の浄化魔法にさえ耐え、しかも、幽霊と同じように物理攻撃は全く効果がない。それに、接触すると生気を奪い取られてしまうのである。


「楽には殺さんぞ」


 嘲笑う死霊使いと、イリアが対峙する。


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