クレタの聖戦③
クレタの市街地に飛び込むと、一直線に伸びるメインストリートを突き進む。既に状況を把握しているのか、住民は誰一人として外に出ていない。
徐々に近付く大聖堂。そこから放たれる膨大な魔力に魔王の復活を確信する。
アポネ遺跡の第三の試練は、この魔王を封印するための情報であった。だからこそ、それを確認した後、当時の勇者はすぐにクレタへと引き返したのだ。そして、何らかの方法で無効化し、東西南北に祈りの塔を建設して完全に封印した。祈りの塔も、当初はこんな巨大な建造物ではなかったのかも知れない。
大聖堂に到着し建物の中に入ろうとした瞬間、シャルルは魔王とは違う魔力の高まりを感じた。それは、当初から感じていた禍々しい魔力ではなく、逆に神聖な霊力の高まりだった。その霊力の正体に、シャルルはすぐに気付いた。
「これは、女神魔法・・・聖女しか使えなかったはず―――」
そこまで考えたシャルルの脳裏に、ある人物が浮かぶ。女神候補と呼ばれている、裏切り者のイリア・テーゼである。イリアであれば、女神魔法を唱えることができるかも知れない。
シャルルは真っ暗な廊下を突き進み、大聖堂の中心へと向かう。そして、ついに女神テレス像があった大聖堂の中心に辿り着いた。そして、その神聖力の根源に気付く。
これは単なる霊力の集積ではない。
これは、生命力の高まりだ。
自らの命を代償に魔を封じるという、究極の封印魔法―――――
女神テレス像の間に飛び込んだシャルルは、その勢いのまま詠唱中のイリアを平手で殴り飛ばした。それと同時に、浮き上がっていた魔法陣が崩壊し、イリアの身体が大理石の床に倒れこんだ。
頬を真っ赤に腫らしたイリアが、呆然とした表情でシャルルを見上げる。それを一瞥し、シャルルは魔王を睨み付けた。
「勝手なことをするな。封印してどうするつもりだ?
魔王は封印などしない。勇者シャルル・マックールが、完全にこの世界から消し去るんだからな!!」
その言葉を耳にした瞬間、なぜかイリアは心の底から安堵した。
まだ魔王は健在で、戦いすら始まってはいない。魔王は強大で、一国を単独で滅ぼすだけの力を持っている。しかも、イリアの知っているシャルルは役立たずで、荷物運びしかできない存在であった。しかし、シャルルの言葉は、不思議とイリアの心を穏やかにした。なぜか、その言葉を微塵も疑わなかった。
そう、それが―――本当の勇者という存在なのだ。
シャルルは剣を抜いて構えると、冷淡にイリアに告げる。
「イリア、僕はお前を許せそうにない。
きっと、これからも、ずっと、許すことはない・・・と思う。
でも、今だけは、僕に力を貸してくれないか?
今だけは、力を貸して欲しい。
勝手なことを言っていることは分かっている。でも、僕はこの街を失いたくない。
だから、今だけは、僕と一緒に、この街を、この国の人々を護って欲しいんだ」
勝手な依頼だった。それを盗み聞きしている者がいれば、思わず失笑してしまっていたかも知れない。自分は何も譲歩することはないが、それでも、協力して欲しいと頼んでいるのだ。しかし、そんな傍若無人な願いを、イリアは即座に承諾した。
「はい」
シャルルは少しだけ驚き、それでも、即座に指示を出した。
「南塔がゴースト系のアンデッドに襲われ、建物が倒壊した。その周辺で好き勝手暴れているゴーストを、全て浄化して欲しい。もし無理なら―――」
「大丈夫です。お任せ下さい。1体残らず、天に送ります」
シャルルの言葉を遮りながら、イリアが即答する。そして、その後に言葉を付け加えた。
「私は、勇者パーティの聖女ですから。見習いですけど、ね」
「―――――!!」
魔王を前にしながらも、シャルルが思わず振り返る。
シャルルは一言も、「許す」とは口にしていない。しかも、「今だけ」と前置きをしたはずだ。それなのに、イリアは勝手に勇者パーティの一員だと名乗った。
いや、表向きはそうなのかも知れない。シャルルが死んでいない以上、まだ勇者パーティの一員なのだろう。しかし、既にその存在は抹消され、無効になっているはずだ。
イリアはシャルルの指示を受け、即座に受諾すると女神テレスの間から駆け出した。
当然、許されないことは承知している。それは悲しいことではあるが、その原因が自らの行いであることを十分に理解している。それは、いつまでも絶対に消えない罪だ。
それよりも、イリアはシャルルの変貌ぶりに驚いた。勇者の自覚が希薄で、何の努力もせず、向上心すら微塵も無かった。そんなシャルルが、魔王と対峙しても動じる素振りを見せず、自分よりも他人を優先していた。
全ての人々を護ることは、聖女としての責務である。それは、誰かに指示されなくても、絶対にやらなければならないことだ。それが同時に、勇者となったシャルルの助けになるのであれば、イリアに否という選択肢はない。
聖女の杓杖を手にし、南塔があった場所にイリアは全力で走って行った。




