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勇者と勇者⑤

 通常であれば反射スキルにより吹き飛ぶはずのシャルルが、剣を振り込んだ姿勢のまま耐えている。剣戟に威力があっただけ、反発力も強くなる。渾身の力で踏ん張るシャルルの足元が、ズルズルと後退し始めた。今までであれば、諦めて簡単に地べたに這いつくばっていたであろうシャルルは、そこで剣に自分の願いを乗せた。


 ―――負けない、もう、絶対に負けない!!


 拮抗する力と力。反発する力とシャルルの剣戟の力が逃げ場を失い、互いの足が地面に沈み込む。チリチリと大気に満ちたエネルギーが悲鳴を上げ、その結末を急かす。


「シャ、シャルル・・・シャルル、負けないで!!」

 その時、パテトが絶叫し、その祈りがシャルルの剣に乗り移った。


 勇者は理不尽な存在だ。

 自らの力に、大切な人達の思いを乗せ、不可能を可能にする。

 願いと祈りを合わせ、それを勇気に変える。

 だから、勇者は絶対に負けない―――


 シャルルの剣が、ジークのスキルを打ち砕く。

 その剣を振り抜く。


 前のめりに倒れこむシャルル。その視線の先には、地面に仰向けに倒れるジークの姿があった。シャルルは剣を杖の代わりにして立ち上がり、覚束ない足取りでジークの元に歩み寄る。自分を見下ろすシャルルを目にしたジークは、清々しいまでの笑顔を見せた。


「これで、最後の試練は終了だ・・・」


 その言葉を聞き、ようやくこれが遺跡の精錬であったことをシャルルは思い出す。同時に全身の力が抜け、地面に崩れるように座り込んだ。



「さあて、役目も終わったし、俺はそろそろ消えるだろう。が、まあ、もう少しだけ時間があるようだから、俺に聞きたい事があれば教えてやろう」

 上体を起こし、胡坐をかいたジークがシャルルを見詰める。その表情は先程までとは違い、まるで親しい肉親のようだった。


「さっき、魔王を3体封印した―――と、言ってましたよね?僕が知っているのはベリアムと、この地を襲った魔王だけです。もう1体は、どんな魔王なんですか?」

「ふむ、ベリアムとエルダーリッチのオッサンは知っているのか。もう1体はノーライフキング、吸血鬼の王だ」

「吸血鬼・・・」

 未だ吸血鬼と遭遇したことがないシャルルは、その名を聞いても今ひとつ理解できない。


「まあ、会ってみれば分かるさ。ヤツは圧倒的な魔力と不死の身体を持つ、最強最悪の魔王だ。ほとんど偶然に近い形で封印に成功したが、次に戦ったらどうなるか全く分からない」

 ゴクリと唾を飲み込み、更にシャルルが問う。

「その吸血鬼は、一体どこに出現したんですか?」

「ユーグロード王国だ」


 その国名を聞き、2つの意味でシャルルは驚く。自分が住んでいたユーグロード王国に、吸血鬼の魔王についての伝承は無い。それに大昔に、別の大陸まで遠征しているとは思っていなかったのだ。

「ジークさんは、ユーグロードまで行ったんですか?」

「ああ、海峡を越えてな。当時は命懸けさ。3隻に1隻は途中で沈んでたからなあ。ハハハ」


 引き攣った愛想笑いを浮かべ、シャルルは核心に迫る。

「それで・・・どこに封印したんですか?」

 それは最重要項目といって良いほどの質問だった。それが分かれば、事前に対処することができるかも知れない。最悪の場合でも、そこを警戒すれば被害は最小限で済むかも知れない。


 ジークは神妙な面持ちで腕組みをし、全く予想していなかった場所を告げた。

「王城の宝物庫だ」

「王城・・・」

「俺は激戦の末に様々な偶然によって、どうにかヤツを討ち倒した。そして、王国の魔法師にヤツを真っ赤な液体に変化させ、女神の力が宿った壷に封印した。保管場所で揉めたが、一番警備が厳しく安全だという理由で、ユーグロード王国の王城にある宝物庫が選ばれたのさ」


 シャルルは愕然とした。パノマの王城に、魔王が封印されているという話は一度も聞いたことがない。もしかしたら、魔王が封印されていること自体を、本当に誰も知らないのかも知れない。

 そして、ジークは苦笑いしながら、更に恐るべき発言を続けた。


「あれから600年だ。そろそろ、ヤツが復活する時期かも知れないな」

「・・・え?」

「いや、そろそろ封印が解ける頃だろうな、と」

「な、何で・・・いえ、ずっと不思議に思っていたんですけど、どうして封印なんですか?それほどの力があれば、完全に滅することもできたのではないですか?」


 それは、周期的に魔王が復活することに気付いた時から、ずっとシャルルが疑問に感じていたことだった。なぜ、完全に討滅せず、封印するのか。どうして、後世に憂いを残さないことに、根本的な解決をしないのだろうか。


「そうだな。それについては、お前が自分自身で調べた方が良い。まあ、嫌でも、その答えを知る時が来るだろう」

 そう告げただけで、ジークはその理由を教えることはしなかった。



「・・・さて、もう逝かなければならないようだ」

 ジークの存在が徐々に薄くなり始めていた。既に足先は消えて見えなくなっていて、身体も向こう側が透けて見えている。


「たぶん、お前のステータスには、勇者ではなく『真の勇者』と書いてあるはずだ。さっきも言ったが、それは単なる可能性に過ぎない。だが、本当の意味で真の勇者になれなければ、お前は最終的に負けるだろう。

 だから、常に顔を上げて前を向け。俺は届かなかったが、お前は絶対に真の勇者になれ!!」


 最後にそう言い残し、ジークの存在が完全に消滅した。


 ここにきて、ようやくシャルルは気付いた。

 これは一般冒険者のためではなく、明らかに勇者に向けた試練だ。これまでの石版に書かれていた内容や、最終試練のエリンヘリアルとの対戦は、勇者以外にとっては余り意味がない。


 ジークの存在と引き換えに、その場に石版が現れる。そこに彫られている文字は、やはり古代文字である。シャルルは石版の前に立ち、その内容を確認した。


「―――瘴気に侵されし地。忘却の彼方に在る地に、其れを証明する物有り。然るに、暗黒の気を静める印、神より授けられん。其の光は闇を祓い、魔を退け、永遠の地に導くもの也。されど、其れは、天より加護を与えられし者が掲げるもの也―――」


「えっと・・・・・」

 声に出してシャルルが読み、それを聞いていたパテトが頭を捻る。

「うん、全然、意味が分からないな」

 その仕草を見たシャルルが、苦笑いを浮かべながら、わざと反対側に首を捻った。


「瘴気に侵食された地っていうのは、多分、カルタスの南にあった地域だと思う。瘴気が強過ぎて通れないという理由で、東か西へ迂回しなければならなかった。確か、忘れられた地、ゼラノ・・・」

「ふうん」

 既に興味を失っているパテトの返事が、あからさまに棒読みだ。


 しかし、ゼラノのことを指しているとしても、この「印」というのは、一体何だろう?

 パテトは既に聞いていないので、いつものようにシャルルは1人で考える。情報が不足しているため明確には分からないが、ゼラノに何かが隠されているから、何らかの神器か宝具によって瘴気を打ち払え―――と、いうことなのだろう。



 情報が足りないまま、これ以上考えても分からないためシャルルは遺跡を出ることにした。

 とりあえず、当初の目的は完遂したと言って良いだろう。4つ全ての試練を突破し、4枚の石版を解読したのだ。ふんぞり返っても許される成果である。ただ、報告して良いのか判断に迷う内容も多いため、全てをありのままに、という訳にはいかない。


 シャルルとパテトは来た道を悠々と引き返し、遺跡と外を結ぶ唯一の門を潜って管理事務所内に戻った。


 門から出て来る2人に気付いた受付の女性が目を見開き、飲み掛けのお茶をダバダバと口から垂れ流す。そして、一拍置いて絶叫した。正直なところ、2人が生還するとは思ってもいなかったのだろう。服をお茶で濡らしたまま、慌ててシャルルに声を掛ける。


「おかえりなさいませ!!」

 シャルルはそれに、苦笑いで応えた。


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