勇者の生還③
出口に向かっている途中、メインストリートの雰囲気を思い出し、シャルルは振り返って訊ねた。
「メインストリートの雰囲気・・・何か催し物でもあるんですか?」
「ああ、第二王子のダムザ様が、正式に後継者に選ばれたの。その、祝賀パレードがあるからよ」
その瞬間、再び黒い感情がシャルルの心に沸き起こった。
「有り得ない。僕を置き去りにし、悪評を流布した挙げ句に、魔王を討伐していなにも関わらず英雄気取り・・・更に、第一王子を廃嫡して皇太子になるなんて」
ステータスボード管理局を出たシャルルは、更にメインストリートを王城に向かって歩く。その方向に、王都での住まいがあるからだ。上流階級が住む王都の一番街に、マックール準男爵家の邸宅はある。とはいえ、貧乏下級貴族なので、一番端の最小区画だ。
勇者であるシャルルでさえ、この扱いだ。もしかすると、マックール家は取り潰されているかも知れない。転移結晶を使用した直後に見た、ダムザの歪んだ笑みがシャルルの脳裏に浮かぶ。
パノマの中心、一段高い場所に聳える王城。その城下の最も近い場所が一番街である。一般人の高級住宅区画を過ぎると、貴族が住むエリアだ。一番街い入ると、すぐに白壁の建物が見える。それがマックール準男爵家の邸宅、つまりシャルルの自宅だ。
シャルルはアイテムボックスに革の鎧を収め、代わりにフード付きのローブを被った。それから、周囲に気を配りながら近付いて行く。
特に変わった様子はない。
いや、あるにはある。今まで無かった物が、ある。
狭い庭に、等身大の裸体像が置かれている。どう見ても、熟女。しかも、2体。それだけではない。なぜか門柱には、豊満な熟女を模した天使が取り付けられていた。
激しく動揺するシャルル。
「一体どうなっているんだ?」と思いながら見渡していると、偶然門柱に設置された表札が目に入った。誰の邸宅か分からないため、王都では貴族に表札の掲示を義務付けている。
「マックール男爵・・・・・男爵?」
シャルルは、思わず声に出してしまうほど驚いた。王都を離れた時は、間違いなく準男爵だったのだ。それなのに、なぜか「準」が外れている。貴族の陞爵など簡単に行われることではない。
「あの、すいません」
偶然目の前を通り掛かった人に、シャルルは思い切って声を掛けた。フードを目深に被っているため怪訝な表情をされているが、気にせず先を続ける。
「この男爵家って、少し前までは準男爵だったと思うんですけど?」
「ああ、つい最近、男爵に陞爵したんだよ。ここはあの、背信の勇者シャルルの実家だから、本来は罰せられるはずなんだ。だけどね、ダムザ様が同じ被害者だと言って、これは救済だとかなんとか・・・」
シャルルは第二夫人の子で、何かある度に本妻によって冷遇されてきた。シャルルが行方不明になり、しかも爵位まで上がるとなれば、本妻は狂喜乱舞したに違いない。よく見ると、あの熟女像は本妻にそっくりだ。
「この様子だと、今さら帰る訳にもいかない。このまま、行方不明の方が良いだろうな・・・」
もう、帰る家もない。
家族はいない。
友達もいない。
信頼できる者もいない。
何より、この地の人達にとっては裏切り者だ。
王都を、ユーグロード王国を去るしかない。
―――――もう、魔王なんて討伐しない。
自宅であったはず邸宅に背を向けると、シャルルは雑多な市街地に向かって歩き始める。
商店や宿屋が立ち並ぶエリアに差し掛かった時、王城がある方角から、突然歓声が轟いた。路地からも、メインストリートに人が集まって来る。シャルルが何事かと思って振り返ると、10名余りの騎士を達が先導し、白馬に引かせた純白の馬車がメインストリートを優雅に進んでいた。
「そういえば、ダムザの皇太子就任パレードがあるとか言っていたな。こんな所を歩いていて、もし見付かりでもしたら大騒ぎになる」
シャルルはメインストリートから逸れ、路地へと足を向ける。その直後、騎乗した騎士達が背後を通り過ぎ、その後方から、車輪が石畳を駆る音が聞こえてきた。
「もう二度と会う事もないだろう」
シャルルが呟いた言葉は、拍手と歓声の渦に飲み込まれていった。
公爵家の人間という立場もあり、断ることができず、イリヤは馬車に同乗していた。
馬車の最前列で立ち上がり、人々に手を振るダムザは、既に国王気取りだ。しかし、これから一体どうするつもりなのか、イリアにもダムザの心中は分からない。勇者であるシャルルを置き去りにし、悪者に仕立て上げてしまった。しかも、肝心の魔王を倒していないのだ。
ああ、もう、頭が痛い。
イリヤは頭を押さえ、左右に首を振った。そして、覚悟を決める。
もう、勇者はいないのだ。パーティからは脱退しよう―――と。
商店街を通り掛かった時、何気なく視線を送った路地に、イリアは見慣れた後ろ姿を見た。少し逞しくなった気はするが、歩き方がそのままだった。
もしかして、生きてるの?
―――――その問いに、応える者はいない。




