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勇者と勇者④

 ヒューヒューと乾いた音がパテトの口から漏れる。首を絞め上げられ呼吸ができないのだ。必死に抵抗して拳を振り回すが、ジークの顔まで届かない。地面から浮いている足がバタバタと暴れていたが、次第に動きが鈍くなり、力無くブラリと垂れ下がった。


「パ・・・テ、ト?」


 成す術もなく、その一部始終を見ていたシャルルが呟く。動かなくなったパテト。その姿を目にし、ようやく目が覚めたように立ち上がった。

「パテト、パテト―――――!!」

 シャルルの絶叫に、重力に負けていたパテトの腕がピクリと動く。

「シャ・・・・・・」

 シャルルの名を呼ぼうとして、それ以上声が出せない。


「おいおい、お前は、もう諦めたんだろう?俺には勝てない、と。どうすることもできないと」

 ジークが振り返り、冷笑を浮かべてシャルルを睨み付ける。反射的に、その視線から目を逸らす。しかし、伏せた顔を再び上げたシャルルが叫ぶ。

「僕は・・・僕は、自分の大切な人達を護るために戦う!!」

 地面に転がっている剣を拾い、顔を上げたシャルルがジーク目掛けて疾駆する。反射スキルを気にすることもせず、全力で剣を振り抜く。


 例え自分に攻撃が返ってこようとも、ジークに衝撃が伝わらないはずがない。

 シャルルの剣が、パテトを掴むジークの手を狙う。当然、その攻撃は反射され、シャルルは後方に吹き飛ぶ。しかし、反射されると分かっていれば、その反動を打ち消すことも可能だ。衝撃を相殺するように後方に回転し、シャルルは地面に降り立った。そして、そのまま、地面を蹴り、バランスを崩しているジークに襲い掛かる。

 二度目の攻撃がジークの手を捉え、反射によって弾き返されるも、その手からパテトがズルリと落ちた。


「ほう、少しは分かってきたのか?」

 地面に転がって咳き込むパテトを無視し、ジークがシャルルに向かって歩き始める。その手には、しっかりと大剣を握り締めていた。


「お前は、何のために戦っている?」

 剣を斜め下に構えながら、再びジークが問う。


「大切な人達を護るために」

 シャルルは剣を上段に構えながら、その問いに答えた。


 ジークはシャルルが答えると同時に、身を屈めて飛び込む。一瞬怯むシャルル。しかし、自らの剣を振り下ろし、ジークの剣先を地面に叩き落した。切り返すジーク。その剣を振り払いながら、シャルルは後方に飛んで距離を取った。


「おい、勇者とは何だ?」


 ―――――勇者とは何だ?


 シャルルは、その問いに対する明確な答えを持っていない。

 しかし、先程とは違いシャルルには戦う理由がある。

 もし、自分が諦めてしまったら、逃げ出してしまったら、大切な人達を護ることができない。

 だから、もう二度と諦めたりしない。

 絶対に、投げ出したりしない。

 例え相手がどんなに強大であろうと、誰もが勝てないと言ったとしても、何度でも立ち上がり、何度でも立ち向かう。

 シャルルにできることは、それだけしかない。


 剣を握り締め、ジークを見据えるシャルルの身体が淡く輝き始める。それを目にしたジークは一瞬目を見開き、満足そうに笑みを浮かべた。


「そうだ。勇者は、いついかなる時でも、絶対に諦めてはいけない。お前が何のために戦い、何をしようとするのかなんて、俺には全く関係ない。それはお前の価値観だし、そもそも、お前の人生だ。好きに生きるが良いさ。俺も勝手気ままに生きたしな。

 だがな、勇者の資質を持つ者は時代にたった1人。勇者でなければ成し得ないことがある。世界が、お前に勇者としての責任を負わせる。だから、勇者は決して負けてはならない。絶対に、勝たなければならない。お前の大切なモノのために!!」


 絶対に、勇者は勝たなければならない―――


 シャルルには才能があった。短期間でレベルアップを図り、力も魔力も格段に強化された。しかし、経験が足りなかった。容易く自信を打ち砕かれ、恐怖に震えた。しかし、今は違う。戦う理由を思い出し、そのために強大な敵に立ち向かう勇気を得た。決して折れない心。それが、勇者にとって何よりも大切なモノであり、中心になくてはならないモノ。


 シャルルの身体が、強く、眩しい程の光に包まれていく。


「まさか、これほどとはなあ・・・」

 それを見ていたジークが、呆れたように息を吐く。


 戦う意思、立ち向かう勇気、折れない心。この3つを得た瞬間、勇者の称号を持っていただけのシャルルが、勇者シャルルに昇華した。


 勇者とは、不可能を可能にする理不尽な存在なのだ。

 剣を構えたシャルルがジークに迫る。ジークはそれを避けようとはせず、真っ向から受け止めた。一合、二合、互いの剣が甲高い衝撃音と共に火花を散らす。徐々に増していくシャルルの剣速にジークが追い付けなくなる。そして、ついにシャルルの剣がジークの脇腹を捉えた。


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