勇者と勇者③
会話の内容が飲み込めていないパテトは、首を傾げて愛想笑いする。そんなパテトの様子を目にし、シャルルは激しい焦燥感に駆られた。無駄だと分かっていながら、ジークに斬り掛かる。しかし、ジークはスキルに頼ることはせず、振り被った大剣でシャルルを叩き付けた。側面から地面に打ち倒され、シャルルは無様に土を舐める。
「お前の名前の横には、勇者と書いてあるんじゃないのか?」
シャルルは泥で汚れた顔で、ジークを見上げる。そんなシャルルに、先程までのふざけた態度とは違う真剣な眼差しでジークが問う。
「お前は、本当に勇者なのか?」
シャルルの存在そのもを否定するような問い。
―――――僕は、本当に勇者なのか?
シャルルは自問自答するが、すぐに答えることはできなかった。
そんなシャルルを見たジークは、大剣を手にして斬り掛かった。
「お前は、一体何のために生きている?」
シャルルは後方に地面を転がって避けるが、剣先が顔に赤い線を描く。
「お前は、一体何のために戦っている?」
地面に片膝を突くシャルルにジークが蹴りを浴びせる。爪先が脇腹に突き刺さり、内臓の空気と共に胃液を吐きながらシャルルが地面を転がった。
「お前に、護るものはあるのか?」
ジークが振り上げた剣がシャルルの顔面スレスレを通過し、深々と地面に突き刺さった。
シャルルの髪の毛が、ハラハラと風に舞う。
ジークはシャルルを見下ろしながら、もう一度問う。
「シャルル・マックール、お前は勇者なのか?」
シャルルはステータスボードに「勇者」と表示されて以降、ずっと勇者として活動してきた。しかし、自分が勇者だという自覚があった訳ではない。勇者という存在が、一体どんなものなのか考えたこともなかった。ただ、周囲の大人達に言われるがまま、意味も分からず魔王を討伐するために行動した。勇者という称号以外に何も持たず、何の努力もしなかった。そのため、常にパーティの足手まといになった。
―――そして最終的に、ラストダンジョンに棄てられた。
ジークの言う通り、勇者という表示が可能性であるならば、シャルルは未だに勇者ではない。シャルルは勇者が一体何なのか、未だに分かっていない。
シャルルに分かっていることは、たった1つ。
自分よりも大切な人達がいて、その人達を護るために、誰にも負けられないということだけだ。
何も答えないシャルルに愛想を尽かしたように、ジークが大きく溜め息を吐いた。
「お前は、本当にこの程度なのか?」
地面に突き刺さった剣を引き抜き、ジークがそれを頭上に構える。そして、その剣が再びシャルルを狙って振り抜かれた。衝撃で吹き飛ぶシャルル。しかし、今度は金属音が響いた。シャルルが、ジークの剣戟を受け止めたのだ。攻撃は無効化されたとしても、相手の攻撃を避けることはできる。
震える足に力を込め、必死に2本の足で立つシャルル。
「そうだ・・・僕は、大切な人達を護るために戦っている。もし、ここで僕が負けたら、皆が魔王に殺されてしまう」
シャルルの呟きは、ジークの笑い声に掻き消される。
「ハッハッハッハ!!そのザマで、誰を助けることができる?
今のお前に、誰を護ることができるんだ!!」
ジークの前蹴りに弾かれ、体勢を崩したところに横薙ぎの一撃を食らう。もう何度目になるのか分からない衝撃と激痛に、シャルルは身体をくの字にして蹲る。
勝てない。
勝つ方法が思い浮かばない。
打撃も魔法も通用しないのに、どうやって戦えと言うんだ。
一方的に殴られ、斬られ、地面に叩き伏せられる。
どうすることもできない。
無理だ。
絶対に勝てない。
痛い。
苦しい。
怖い。
もう駄目だ。
もう、このまま―――――
ジークが見詰める前で、シャルルは地面に蹲ったまま背中を丸めて震える。それは、蛇に怯える蛙と同じだ。絶対的強者に対し抗う術を放棄して、自らの終焉に怯える弱者の姿だった。
その姿を見たジークが唐突に背を向ける。そして、神速でパテトの前に移動した。
「次は、お嬢ちゃんが相手をしてくれよ。アイツはもうダメだ。300年前の勇者は第3の試練で引き返すし、やっと来たと思ったら、今度はとんだ腑抜け野郎だった」
黙って聞いていたパテトが、ジークを睨み付けて声を尖らせる。
「シャルルを馬鹿にするな。オッサンに何が分かるのよ!!」
瞬間的に獣化をしたパテトが、全力でジークに殴り掛かった。
「ハッハッハ!!面白いじゃないか。反射があると知っていて、全力で殴りにくるとは!!」
パテトの拳を完全に見切るとそれを受け流し、ジークはいとも容易く懐に潜り込む。そして、右手でパテトの細い首を掴むと高々と持ち上げた。パテトは苦悶の表情を浮かべながら、その腕を握り必死の抵抗を試みる。




