勇者と勇者①
エリンヘリアル、英霊の魂を核とした亜神はシャルルに名乗る。
「俺の名前はジーク・アレクサー。今から600年前の勇者だ。
ああ、これは全盛期の姿だな。40歳前後というところか?この頃が一番強かったと思う。力も技も、そして心もな」
ジークはそう言うと、腰に佩いた剣を抜くこともせず、腕を組んだまま仁王立ちする。
それに対して、シャルルは逆に剣を抜いて構えるとスキルでジークを鑑定した。
ジーク・アレクサー、エリンヘリアル。600年前の勇者を顕現した存在。レベル120、勇者S、魔法剣士S―――「おいおい」
ジークの声が、シャルルのスキルを中断させた。
「まさかとは思うが、鑑定スキルで俺の能力を見てやがるのか?」
スキルの発動を見抜かれたシャルルは、剣を握る手に力を込める。しかし、ジークはシャルルの予想とは、全く違う言動をする。
ジークは頭の後ろで手を組み、呆れた様子でシャルルを眺めた。
「お前さんは、強い相手と戦ったことがないだろ?
いや、正確には、生死を賭けた戦いっていうやつを、経験したことがないんじゃないのか?」
質問の意図が分からず困惑するシャルルに、頭を左右に振りながらジークが話を続ける。
「確かに、レベルが100以下同士の戦いであれば、レベル差がモロに結果に影響する。しかしな、レベルが100を超えた者同士の戦闘は、レベル差ではなくスキル。もっというと、スキルの熟練度の差で勝敗が決するんだぞ」
シャルルとジークのレベル差は50以上である。普通に考えると、勝負は一瞬で決まる。言葉による幻惑ではないかと考えたシャルルは、ジークの話しに一切耳を貸さない。
「そんなはずがない。実際に戦ってみれば分かるよ。本気になった僕の攻撃に耐えられるはずがない」
しかし、シャルルの挑発的な回答を耳にしても、ジークは剣を構えもしなかった。
「ああ、何か虚しくなってくるねえ。500年以上待たされて、こんな勇者もどきを相手にしなけりゃならないなんて」
「勇者もどき」と馬鹿にされたシャルルは、怒りと共にジーク目掛けて疾駆した。勇者云々ではない。シャルルには、それなりに修羅場を潜ってきたという自負があったのだ。
その動きは常人に視認できない速度ではあったが、ジークには丸見えだった。それでも、まだジークは剣を構えない。珍しく激情に駆られたシャルルの剣が、一撃必殺の威力で無防備のジークに迫る。相手は生きている人物ではない。微塵も手加減していない剣戟が、ジークの首元を襲った。
しかし、その必殺の一撃がジークを斬り裂くことはなかった。
手応えがないまま、ジークの身体を擦り抜けるようにシャルルは通り過ぎる。慌てて振り返り、追撃に備えて剣を構えるが、ジークは未だ剣を抜くこともなくその場に立っていた。焦るシャルルに、相変わらず飄々とした口調でジークが説明する。
「今のは俺のユニークスキル、見切りだ。俺に視認でいる物理攻撃は、絶対に当たらない」
驚愕するシャルル。それが本当ならば、レベル120というジークが見えないほどの速度で剣を振るわなくてはならない。とは言え、それがシャルルに不可能という訳ではない。攻撃速度を重視した攻撃に切り替えれば良いだけだ。
至近距離から、再びシャルルが飛び掛かる。
先程よりも速く、もっと速く―――それだけを考えながら、シャルルは剣を振る。その剣先は大気を切り、振り抜く音が送れて響く。完全に音速を超えた剣戟がジークに襲い掛かった。それでも、ジークの表情は緩んだままだった。そして、ついにシャルルの剣がジークの目に写らなくなる。
剣がジークを捉えた瞬間、衝撃音と共にシャルルの身体が地面に叩き付けられ、何度も転がって壁に激突した。
血反吐を撒き散らし、身体をくの字にして蹲るシャルルに、変わらない口調でジークが告げる。
「今のも俺のユニークスキル、反射だ。俺に物理攻撃をした場合、その威力を数倍にして相手に返す」
ヨロヨロと立ち上がったシャルルが、再び驚愕に固まる。見える攻撃は全て避けられ、それを超える攻撃は反射によって返り討ちに遭う。それでは、どうすることもできない。
呆然とするシャルルに、ジークは穏やかな表情のまま更に驚くべき事実を伝える。
「俺はな、歴代の勇者の中で2番目の強さだ。まあ、初代は桁が違うからなあ。まあ、比べるのがおかしいレベルだなあ」
未だに衝撃から抜け出せないシャルルを見たジークは、その理由を勘違いしたのか話を続けた。
「信じられないか?まあ、いきなりそう言われても、そりゃあ疑うわな。だがな、事実だ。何せ、俺は3体の魔王と対決し、その全てを封印したんだからな」
サラリと告げられた事実に、シャルルの顔が跳ね上がる。
―――3体?
魔王は3体もいるのか?
確かに、ラストダンジョンで魔王ベリアムと戦った。そして、300年前にクレタを壊滅させたアンデッドの王がいる。
更に、もう1体魔王がいるのか?




