死の魔王と聖女の祈り②
正門前に折り重なったゾンビの残骸により、防壁の上へと続く緩やかなスロープが完成しつつあった。高さ10メートルを超える防壁の外には、動かなくなったゾンビを踏み越え死が行軍を続けている。そして、その後方に控えていた骸骨戦士が、ついに動き始める。横一列が300体以上。闇から続く列の終りは見えない。
開戦直後には余裕を見せていた兵士達の顔に、徐々に影が差し始めていた。終わりなき戦い。迷うことなく死地に飛び込むゾンビ達。交代はできるものの、確実に疲労は蓄積されていく。矢の残量も少なくなり、弦を引く腕に力が入らなくなってくる。精度が落ちた矢はゾンビを止めることができず、防壁の真下、或いは、その残骸に登ることを次第に許すようになっていた。時間の経過と共に近くなる彼我の距離によって、降下し続ける精神力が悲鳴を上げる。
そして、ついに防壁の上に立つ兵士がゾンビに足を掴まれた。必死に抵抗する兵士の剣が、ゾンビの腕を切り飛ばす。しかし、その背後から登ってきたゾンビに、今度は腕を掴まれてしまう。兵士は叫び声を上げながら、死体の群れに飲み込まれていった。
接近した距離を再び広げるために、魔法師が炎の範囲魔法を放つ。燃え盛る炎の壁が、再び防壁からゾンビを引き剥がした。しかし、炎の壁は長時間継続する魔法ではない。もって数分。その間に、防壁上の隊列を整えなければならない。
「落ち着け、隊列を整えろ!!」
隊長の声が響き渡り、動ける兵士達が整然と配置に着く。盾役の重戦士を前にし、槍士、剣士、魔法師が隊列を組み、炎の壁の背後で待ち構える。遂に、接近戦の時が来たのだ。クレタ各所から集結した兵士は3000人。被害を度外視し、防壁さえ突破されなければ、朝までは耐えられる可能性はある。
しかし、その目算は早々に崩れ去ることになった。
炎の壁が消えた時、目の前にいたのはゾンビではなく、武装を整えた骸骨戦士だったのだ。ゾンビとは比較にならない速さで繰る出される剣戟。その重い一撃は、最前列に配置された重戦士の盾を弾き飛ばした。青褪める兵士達。しかし、それだけでは終わらなかった。
突如周囲に衝突音が唸りを上げ、頑強なはずの防壁がグラグラと揺れた。何事かと見渡した兵士達の目に写ったのは、大木を抱えた食屍鬼が門へと突撃している姿だった。
愕然とする隊長。動揺する兵士達。絶望的な状況ではあるが、今ここで諦めればクレタは滅びてしまう。
正門に丸太を叩き付ける食屍鬼に、魔法師の攻撃魔法が炸裂する。矢によるダメージは皆無であり、それ以外に方法がない。しかし、食屍鬼の数は10体程度ではなく、暗闇の中から怪しく光る赤い眼が常に正門を狙っているのだ。
一方、食屍鬼に降り注ぐ炎の矢が照らし出す防壁上では、兵士と骸骨戦士との戦いが、熾烈を極めていた。重戦士は自らが盾となり、背後から繰り出される槍によって骸骨戦士を食い止めている。盾越しに伝わる衝撃に晒され続ける重戦士は口から血を垂れ流しながらも、ポーチから抜き取った回復薬を体内に流し込んだ。
そんな激戦を横目に、漆黒のローブを被ったリッチは、闇に紛れたまま滑るように移動を開始した。深く窪んだ骸骨の眼は、赤色に輝きながら東を見据えている。その先に在る物。それは、クレタ復興の象徴として300年前に建設された塔である。
東西南北、4か所に建てられた塔は、テレス聖教により毎日欠かすことなく祈りが捧げられている。それにより、祈りの塔とも呼ばれている。
「思イ知ルガ良イ・・・人間ドモヨ」
暗闇の中に、積層型の魔方陣を展開される。リッチは無尽蔵の魔力を惜しみなく注ぎ込み、忘れられた古代魔法を紡いでいく。一定の領域を結界で囲み、内部に在る空気を高周波により激震させる魔法。その威力は絶大である。仮に、建物の下層で発動させれば、土台が粉々に砕け散り一撃で倒壊させることが可能である。
「―――時空振動波」
リッチが呟くように魔法名を唱えると、同時に積層型魔方陣が砕け散る。そして、その破片が祈りの塔を囲む結界に変わった。塔を切り取るように展開した結界の中に、突如として烈風が吹き荒れる。それは、激しい空気振動が生み出された副産物である。轟音と高周波が吹き荒れる結界内部では、あらゆる物が砕け散り砂塵となって宙を舞う。
数十秒後、魔法効果が切れた瞬間に、土台部分を喪失した東の塔が垂直に落下する。その反動で建物上部に向かって亀裂が走り、塔が左右に割れて周辺の民家を巻き込んで倒壊した。
それと時を同じくして、地獄の深淵から呻くような咆哮が闇夜を切り裂いた。
腐臭を纏い、既に白骨化した翼を振り上げ、崩れ落ちる身体を引き摺るようにしてそれは現われる。魔力は枯渇し、生前に行使していた高度な魔法は失っているが、逆に単純な物理攻撃の威力は向上している。
ドラゴンゾンビ―――2匹の腐ったドラゴンが、西塔を襲撃した。




