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アポネ遺跡⑨

 風を切りながら走るシャルルの目が深紅に染まる。

 エアレー、レベル90。魔力特化型の神獣。注意すべきは、遠距離からの高威力の魔法攻撃だ。


 シャルルの剣が、容易くエアレーの身体を捉えた。しかし、その剣先は何の手応えも無く身体をすり抜ける。目を見開くシャルルの背後から、再び黒い稲妻が放たれた。文字通り電光石火に迫る黒雷を、シャルルは反射的に剣で払う。


「なるほど」

 そう呟いたシャルルはエアレーの姿を見詰めながら、無詠唱で魔法を放った。予備動作も無く、スピードだけを重視した―――雷撃、だった。


 一直線に光速で襲い掛かる雷撃。中級ながらも、単体に対する威力は十分である。しかし、その稲妻は、エアレーの身体を摺り抜け、背後の地面にクレーターを作った。


「幻影・・・・僕が見間違うレベルの幻影とか、ちょっと驚いたよ。でも、タネさえ分かってしまえば、どうってことはないかも」

 そう言ってシャルルは、空に向かって手をを掲げた。


「―――疾風」

 風系の中級魔法。シャルルの頭上から風の束が降ってくる。重力さえも感じるその風は、シャルルを中心にして、一気に四方に拡散して行った。殺傷力は無いが、その風に吹き飛ばされない気体は有り得ない。


 その風が吹き荒れた後、大聖堂の正面にエアレーが現れた。エアレーは、大聖堂の敷地内に、最初から魔力を込めた薄い霧を漂わせていたのだ。それが幻影を生み、僅かにシャルルの五感を狂わせた。戦闘開始直後から、エアレーはその場を一歩も動いてはいなかったのである。しかし、理由さえ分かってしまえば何ということはない。


 柄を握る手に力を込め、態勢を低くする。次の一撃から、エアレーは逃れることはできない。シャルルが地を蹴るよりも一瞬早く、エアレーの口が動いた。


『召喚―――殺戮騎士キラーナイト

 シャルルとエアレーの間。数十メートルの空間で、次々に漆黒の魔法陣が発生する。その数10以上。その全てから、漆黒の鎧に身を包んだ、巨大な騎士が出現した。その騎士は巨大な盾と暗黒のオーラを纏った大剣を手にしている。死を司る、地獄の騎士である。


 本来、殺戮騎士は神獣に討伐される対象だ。しかしエアレーは、自らが滅ぼしたキラーナイトを使役し、近距離戦闘を補完するための戦力にしているのである。屈強な前衛を得た今、次にエアレーが使用する魔法は上級、或いは最上級の魔法であろう。


 殺戮騎士の背後で、エアレーが呪文の詠唱を始める。


「―――死呪デス


 僅か2文字の魔法。その魔法が放出された瞬間、エアレーとシャルルを挟む空間に存在する、生ある者全てがその生命を奪われた。エアレーの足下に生えていた草が一瞬にして茶色に変色し、根元から折れる。その隣で天に向かって咲いていた黄色い花が、ドライフラワーとなって砕け散る。全ての物が色を失い、生命活動を停止して朽ちていく。

 古代魔法、禁呪―――範囲即死魔法、デス。その昔、堕天した神が恨言と共に唱えた最悪の呪いである。


 既に生命を持たない殺戮騎士をすり抜け、シャルルに向かう死の呪い。それは、確実にシャルルへと真っ直ぐに襲い掛かる。それでも、眼前に迫る死を前にして、シャルルは平然とそれを眺めていた。


「―――解呪ディスペル


 暗黒の悪意が、必殺の呪言が、何事も無かったかのように霧散した。勝利を確信していたエアレーの乏しい表情が歪んだ。

『まさか、解呪の魔法か?なぜ、その魔法を人間が使えるのだ!!』

 後足で立ち上がり、前足を振り上げて叫ぶ。


『行け!!奴を叩き殺すのだ!!』

「ホーリーレイ」

 エアレーの指示とシャルルの攻撃魔法は、ほぼ同時だった。


 シャルルが行使できる、唯一の光系統攻撃魔法、聖なる光りの矢(ホーリーレイ)。浄化の光を矢として撃ち出し、敵対する者を殲滅する魔法である。アンデッド及び闇属性の魔物には数倍の威力となり、切り札にも成り得る強力な魔法だ。その証拠に、エアレーが召喚した殺戮騎士は一体残らず光の矢によって浄化された。


『そ、そんな馬鹿な・・・お前は、ただの勇者ではないのか?』


 泰然と立つシャルルを、暗黒を司る神獣エアレーが震えながら見詰める。シャルルが近付くと同時に、同じ距離だけ後ずさる。その態度には、明らかに畏れが垣間見えた。


 足を踏み締める音がするよりも早く、エアレーの背後に現れるシャルル。その手に持っていた剣が閃き、エアレーの太い首を斬り落とす。バランスを崩したエアレーが、後方に仰向けに倒れた。


 その漆黒の巨体の横に転がる首がシャルルに伝える。

『我の完敗だ。まさか、これほどとは思いもしなかった。ただ、お前には決定的に足らぬ物がある。そのことに気付けば、或いは・・・・・・

 行け。次が最後の試練だ。そこで、お前が求めている秘密が待っているであろう―――』


 エアレーの身体が粒子になり、虚空に溶けていく。

 サラサラと崩れ去るエアレーから、3枚目の石板が姿を見せた。大聖堂の前、地面に突き刺さるようにして出現した石板。シャルルは目の前に立つ石板に近付くと、そこに深く刻まれた古代文字を読み解いた。



「―――其の魔王、アンデッドの王にして死を司る者なり。

 死の軍団を率いて帝国を繰り返し滅ぼす。

 その呪詛は決して癒えず、未来永劫果てしなく続く。

 其の魔王を天とし、四位を囲みて聖痕にて封印す。

 此れ、東西南北四方を死封とする結界なり。

 されど300年後、封印は綻び、結界は破られる―――」



 石板を読み終えたシャルルは、腕を組んだまま停止する。

 アンデッドの王、というのは分かる。300年前、クレタを破壊し尽くしたのは魔王であるエルダーリッチだ。おそらく、600年前にここアポネからクレタに遷都しなければならなかった原因も、その魔王が原因だろう。この街の惨状を見れば何が襲ってきたのか想像できる。では、四位とは何のことだろう?


 暫く腕を組んだまま思案に没頭していたが、シャルルは考えることを放棄した。まだ最後の試練が残っている。300年前に挑戦した勇者は、第3の試練までは通過したようである。そうであれば、最終試練にも挑戦しているであろう。勇者が負けるとも思えないが、可能であれば、初の踏破者になりたいとも少しだけ思う。


「じゃあ、最後行ってみますか?」

 シャルルの声に、パテトが欠伸をしながら応える。

「おおー・・・ふああ」

 あれほどの激しい戦闘中に熟睡できるパテトは、世界征服できる器なのかも知れない。



 歩き始めた2人は、迷わず王城を目指す。アポネ遺跡の中心にある小高い丘に位置し、下界を見下ろす城。最後の神獣が待ち構えるには、絶好の舞台である。案の定、王城に近付くに従い、強烈な闘気がビシビシと肌を叩き始めた。しかも、それはシャルルに近い闘気であった。


 王城へと続く500段以上続く石階段。その登り切った先に、1つの陰が地面に横たわっていた。それは、聖的な波動を感じるものの、神獣というよりは人間そのものだった。


「やっと、来たか」

 そう言って立ち上がる姿を目にした瞬間、直観的にシャルルにはそれが何なのか分かった。


 エリンヘリヤル―――死せる戦士。死んだ勇者の魂を元にした存在。つまり、先代、もしくはそれ以前に実在した勇者そのものを核とした亜神である。神獣などとは比較にならない、最強の試練だ。


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