勇者の生還②
シャルルは複雑な心境だった。
門を通過する事が目的ではあったものの、ほぼ素通り。しかし、余計な騒ぎが起きるよりは良かったと思うべきだろう。
パノマの街並を見渡して、シャルルは大きく息を吸い込んだ。
久し振りに戻ったパノマ。もう、かれこれ3ヶ月以上帰っていない。ずっと、魔王討伐のために、家を空けていたからだ。
「それはそうと、これからどうすれば良いのだろうか?」と、シャルルは思案する。
とりあえず、身分を証明する物が無いと何もできない。それに、ステータス確認もしておきたい。ということであれば、最初にステータスボードの再発行手続きを行い、それから王都の自宅に戻る。今後のことについては、それから考えれば良いだろう。
シャルルは短絡的に結論を出し、ステータスボード管理局に向かって歩き始めた。
ステータスボード管理局は、街門と王城のちょうど中間付近にある。その方向にシャルルの自宅があるため、遠回りになることもない。
薄汚れた下級冒険者と同等の装備のまま、シャルルはその方向へと歩き続ける。
なぜか、いつもより人通りが多い
しかも、妙に通りに派手な装飾が目立つ。
何かの祭典でもあるのだろうか?
そんなことを思いながら歩いていると、いつの間にか、シャルルは目的地であるステータスボード管理局に到着していた。
ステータスボード管理局は3階建の建築物で、1階の真ん中に正面玄関がある。そこから中に入り、「再発行はこちら」と書かれた受付にシャルルは向かった。
「いらっしゃいませ。再発行のお手続きですか?」
営業スマイル全開で、目の前に立ったシャルルに話し掛けてきた。
「はい。旅の途中で失くしてしまって。すぐに再発行できますか?」
「大丈夫ですよ。この申請書にお名前を書いて下さい。新しいステータスボードをご用意しますので」
受付の女性は、シャルルに紙とペンを渡しながら説明する。ザ・お役所仕事、といった雰囲気だ。
シャルルは申請書に自分の氏名を記入すると、何も気にすることなく、そのまま受付の女性に手渡した。
「えっと・・・冷やかしですか?それとも、悪質なイタズラですか?もしそうだとしたら、警備の者を呼びますけど」
受付の女性が「先程の笑顔は作り笑いでした」と、宣言するようにシャルルを睨み付ける。シャルルは何が悪いのか理解できないまま、とりあえず何度も頭を下げて謝った。そして、恐る恐る受付の女性に訊ねた。
「あ、あの、一体どういう事ですか?」
平身低頭のシャルルを見て、受付の女性は大きく溜め息を吐いた。
「シャルル・マックール、これは勇者の名前よ。
あの、最低最悪の・・・魔王を前にして1人だけ逃げ出した、裏切り者の名前」
「え?」
シャルルは全く意味が分からず、大きく口を開けたまま固まった。
「ど、どういう事なんですか?」
動揺を隠し、シャルルは受付の女性に詳しい内容を訊ねる。
「は?知らないの?・・・もしかして、単なる同姓同名なの?」
「ハハハ・・・そう、みたいですね」
シャルルの渇いた笑い声を聞き、受付の女性は大きく息を吐き出した。
「良いわ、ニセ勇者のあなたに教えてあげる。
勇者様のパーティメンバーが、3日ほど前に王都に凱旋されたの。それはもう大騒ぎで、王都の全ての住民が、一目見ようと王城に続くメインストリートに集結したわ。最初は歓声を上げていた人々も、徐々に異変に気付き始めた。勇者様がいない―――と、ね」
確かに、その凱旋パレードにシャルルはいなかった。ダンジョンに置き去りにされたのだから、当然といえば当然である。しかし、魔王を倒しもせず、王都に帰還しただけでパレードをするなど、常識的には考えられない。
「それで、どうなったんですか?」
「人々が抱いたその疑問には、すぐ後で王宮から発表があったのよ。
―――魔王との決戦の最中、勇者は後方の安全地帯で声援を上げていたものの、状況が不利だと分かった瞬間、まさに脱兎の如く逃げ出してしまった。激闘の末に危機を脱した後、パーティメンバーで勇者を探したものの発見できず、仕方なく帰国した。そして、我々を見捨てて逃げ出した勇者は、現在も行方不明である―――」
ダムザは、歪んだ笑みを浮かべて置き去りにしただけではなく、シャルルとの立場を逆転させ、更に「卑怯者」、「裏切り者」というレッテルまでも貼り付けていたのだ。
ブルブルと震える手を握り締め、シャルルは最も重要な質問を投げ掛ける。
「それで、魔王はどうなったのですか?」
「魔王・・・魔王?・・・・・さあ、倒したんじゃない?」
気持を落ち着けながら、シャルルは受付の女性が語った内容を整理する。
ああ、ダメだ。とてもではないが、ステータスボードの再発行依頼はできない。もし勇者だと分かると、ここの従業員や王都の住民達に袋叩きにされてしまうだろう。
シャルルはステータスボードの再発行を止め、自宅に帰ることにする。もしかすると、ダムザが実家に対し、何か嫌がらせをしている可能性もある。それが、気になり始めたのだ。
「えっと、再発行の手続きは止めておきます。思ったより面倒なので、もう一度よく探してみてからにします。どうも、お騒がせしました」




