アポネ遺跡⑧
神獣化したマンティコアは脅威である。正真正銘の化物であり、Sランクパーティを主力とした攻略組が全滅したとしても不思議ではない。しかし、シャルルはそれ以上の怪物である。
落日―――まるで巨大な太陽が地平線に沈むかのように、ゆっくりと、全てを焼き尽くすために落下する超特大の火球。この広範囲、高威力の魔法から逃れるには、マンティコアのように宙に浮かぶしかないだろう。普通であれば・・・
「―――ブレイク」
シャルルが放つ言霊により、一瞬にして消滅する火球。敵対する者の魔法を、1日1度だけ根源から破壊するシャルルの固有魔法。マンティコアの思考が現状把握に費やされ、その動きが停止する。その一瞬の隙が致命傷となった。
音も無く、気配も無く、痛みも無く、いつの間にか背後に移動していたシャルルが剣を鞘に収める。鍔と鯉口が重なる微かな音がキンと響き、地表に着地する。一拍置き、空中で停止していたマンティコアの巨体がグラリとバランスを崩した。
『なるほど、お前が当代の勇者だな?』
言葉を発すると同時に、マンティコアの身体が縦に真っ二つになり、左右バラバラに落下して地面に叩き付けられた。
『勇者と会うのは、300年振りだな』
ユニコーンと同様に、2つになったマンティコアの身体が粒子となって虚空に消えて行く。
『強さだけならば、前回戦った勇者以上かも知れぬ。
然からば知れ。この世の真理に繋がる道を進むことが、どれほど過酷であるかを。
そして、第3の試練に挑むが良い―――』
マンティコアの真っ白な巨体が完全に消滅すると、そこには1枚の石板が残されていた。シャルルはそれに近付くと、そこに記された古代文字を読んだ。
「―――突如、魔界からレムリアの大悪魔が顕現した。
世界が混沌とし、全てが暗黒に沈んだ。
阿鼻叫喚と怨嗟、祈りの中で、其れは誕生した。
だが、英雄の出現により大悪魔は滅びた。
それが、全ての終わりの始まり―――」
シャルルが読み終えると同時に、その石板もまた上部から虚空に消え始める。
この内容は、サラマンダーの話と一部が酷似している。時期は、今から約1200年前。その時代に魔界から大悪魔が襲来し、世界を滅ぼそうとした。それを救ったのが、初代の勇者だという部分だ。
しかし、ここで重大な疑問が残る。
「レムリアの大悪魔」とは一体何なのか?
僅かな情報を元に、シャルルは思考する。
魔王が勇者により封印された―――という話ならば記述が残っているし、実際に魔王ベリアムには遭遇した。元の魔物がスライムだと聞き、完全に倒したとは言い切れない状況ではあるが、対峙したことだけは間違いない。あれは悪魔ではなく、間違いなく魔物の王であった。
では、レムリアとは、初代の勇者が討伐した大悪魔とは一体何のことなのだろうか?
確かに、初代の勇者パーティを補佐していたサラマンダーも魔王ではなく、大悪魔を討伐したと言っていた記憶がある・・・まだまだ、情報が不足しているようだ。
シャルルは考えるのを止め、更に奥へと進むことに決める。追加の串焼きを要求するパテトを華麗にスルーし、シャルルは少し先に見える大聖堂を目指して歩き始めた。
今にも倒れそうなほど傾いた建物の下を通り抜け、大聖堂の直ぐ近くまで辿り着く。何が楽しいのか、傾いた建物を蹴り飛ばし、倒壊させて喜ぶパテトが目の端に写る。無暗に暴れてはいけないということを、誰か教えた方が良い。瓦礫が飛び散る中、広い道路を渡り大聖堂の門を潜った。
試練の場所も予想がつき始めた。シンボルとなる建物や場所。しかも、戦闘に支障がない場所に神獣は出現する。大聖堂は条件にピタリと当てはまる場所だ。シャルルの予想通り、それは出現した。
大聖堂の尖った屋根の先。その先に在る女神テレスを象ったモニュメント。その目の前に、漆黒の渦が巻き起こった。それはこれまで同様に、神獣が現れる前兆である。
先ほど対決したマンティコア以上の圧迫感。それが出現すると同時に、濃厚な神威が周囲の景色を歪めた。
エアレーだ。それは、サイと同等の体躯を持つ漆黒の生物である。その頭部には巨大な2本の角があり、口からはイノシシを連想させる牙が下から上へと伸びていた。しかし、その威容よりも、内包する魔力量にシャルルは驚愕する。
『前回は遅れを取ったが、必ずこの地に沈めてくれようぞ!!』
そのセリフを耳にしたシャルルは思わず苦笑する。
前回ここまで辿り着いたのは、マンティコアから聞いた300年前の勇者だろう。マンティコアは、その勇者より、力だけならシャルルの方が上だと言ったのだ。それでは、負ける道理が無いではないか。
シャルルが腰に佩いた剣に手を掛けると、既にエアレーの角から黒い稲妻が放たれていた。シャルルはそれを受け流し、力強く地面を蹴って疾走する。




