アポネ遺跡⑦
1時間ほど休憩を取り、シャルル達は更に奥へと歩き出した。
パテトは異常な回復力を発揮し、既に自分の足で歩いている。確かに怪我は治ったが、枯渇した体力と魔力が元通りなはずがない。それでも、平気な顔を見せている。気持は分かるが、無理をしては元も子もない。
暫く進んで行くと、雑多だった街の風景がガラリと変わる。道が広くなり、道端に軒を連ねていた店舗が姿を消している。建ち並ぶ建物がどれも豪華で敷地も広いことから、富裕層の居住区に入ったのだろう。どの時代、どこの国でも同様に、階級社会は存在し、富や名声によって居住空間まで差別化される。
真正面に、一段大きい建物が見えた。真っ白な外壁は半分以上が瓦礫と化しているが、建物の前に広がる庭は、先程の噴水があった公園よりも更に広い。ただ、その庭は既に観賞に耐えうる外観を維持してはいなかった。巨大な隕石が落下したかのような窪地が点在し、地面の至る所が黒く焼け焦げている。それはまるで、何者かが激しい戦闘行為を行ったかのようである。
その前をシャルル達がそこに到着した瞬間、庭の中心に赤色の渦が出現した。
その渦は周囲の瓦礫や木々を巻き込みながら、強大な魔力を集束し、体の獣に変わる。それは、ライオンの体にサソリの尾を持つ人面の獣、マンティコアであった。
通常、マンティコアは強力な魔獣である。しかし、眼前に出現したマンティコアは像程の巨体であり、体色は純白であった。そして、全身からは魔素ではなく神威を放っている。間違いなく、神の祝福を受けた個体である。
マンティコアはその巨大な口を開き、何も告げぬまま問答無用で火球を吐き出した。
シャルルは一瞬驚いたものの、それを簡単に片手で弾き飛ばした。庭の隅に着弾する火球は一帯を火の海に変え、天へと黒煙を巻き上げた。
『うむ、第二の試練を受ける価値ある者と判断した』
人面が無表情のまま、言語を発する。今の一撃は本気ではなく、単に資質を確認しただけのものらしい。
シャルルはアイテムボックスから串焼きを3本取り出し、それをパテトに渡す。
「僕がやるから、パテトは離れた場所で肉でも食べておいて」
「マジで?やったあ!!」
パテトは串焼きを奪い取ると、マンティコアの存在を忘れたかのように、一目散で駆けて行った。それを呆然と見送るシャルルとマンティコア。
『あーええと・・・では、第二の試練を始める』
「あ・・・はい」
少し離れ木陰から、パテトの鼻歌が聞こえた。
マンティコアは巨体からは想像できないほどの俊敏さで、シャルルに肉薄すると前足を振るう。その一撃はシャルルを捉えることはできなかったものの、背後に在った石像を粉々に破壊した。更に、身を屈めているシャルル目掛けて、サソリの尾が襲い掛かる。尾の先には無数の毒針があり、それに触れるだけで抵抗力の弱い者は即座に死に至る。シャルルはそれを後方に宙返りして避けると、一旦距離を取った。
シャルルの眼が紅く変わり、素早くマンティコアを鑑定する。その数値を確認したシャルルが、驚きの表情を見せた。
レベル60。通常のマンティコアはAランクの魔物と判別されているが、そのレベル帯は30前後。神獣と化した個体のレベルはその約2倍だ。SランクパーティとAランクのパーティが束になって戦ったとしても、勝てるはずがない。ギルドがSランク査定している魔物はレベル40以上。しかも、あくまでも野生の魔物が基準である。
身体を屈めたマンティコアが、全身のバネを使って猛然と襲い掛かる。巨人が使用する大鎚を連想させる前足を掻い潜り、態勢を低くして剣の柄に手を掛ける。それとほぼ同時に、人間程の大きさがある牙がシャルルに迫ってきた。素早く抜刀し剣身で牙を受け止めると、横に回転してその勢いを背後に流す。尚も止まらないマンティコアは、その身体でシャルルに体当たりする。しかし、シャルルはその反動を利用し、後方に跳躍して再び距離を取った。
神速の連続攻撃。おそらく、シャルルでなければ既に無残な屍を晒していただろう。その攻撃を防がれたマンティコアは、巨大な口を開き、大声で笑いながら折りたたんでいた翼を広げた。その蝙蝠のような翼を数度羽ばたかせ、マンティコアは宙に舞い上がる。そして、大きく広げていた口に、巨大な火球を生成する。最初の一撃の数倍はあろうかという火球はマンティコアの口腔を離れ、頭上で更に巨大化していく。まるで太陽の様に表面を火柱が走り、その高温で地表がチリチリと焦げ始めた。
「―――落日」
そう言語化すると同時に、既にマンティコアの数倍にまで膨張した火球が落下を開始する。その速度は決して早くはないが、その効果範囲を想像すると逃げることはできない。正に、問答無用。神獣化したマンティコアの固有魔法。2000度を超える超高音の火球は、着弾と同時に大爆発を起こし、周囲の物全てを灰塵と化すだろう。
これだけの大魔法を放ちながらも、未だマンティコアの底は見えていない。




