アポネ遺跡⑥
紫色の髪を靡かせ、全身から神威を発する姿は、巨大な狼の姿をした神獣フェンリルであった。パテトがフラつきながら足を踏み出す。ただそれだけの動作が砂埃を舞い上げる。その圧倒的な闘気は、完全にユニコーンを凌駕している。
再び対峙するパテトとユニコーン。未だ無傷のユニコーンが虚空を蹴る。何度もパテトを吹き飛ばした神速の体当たり。その攻撃力は高く、パテトは何度も地面を転げ回った。もし角が直撃すれば、致命傷になる可能性が高い。
まるで瞬間移動と見紛う程の速度で、ユニコーンは虹色の光を纏って飛翔する。その視界に写るのは、避ける素振りさえも見せないパテトの姿だ。既に蓄積されてきたダメージで、身動きさえもできないのかも知れない。
しかし、次の瞬間、シャルルは信じられない光景を目の当たりにする。
瞬時に半身になったパテトが、右手で角を掴んで受け止めたのだ。衝撃で数メートル後方に移動させられているものの、先程までのように吹き飛ばされることはない。
刹那、周囲に鈍い音が響き、同時にユニコーンが悲痛な鳴き声を上げた。左右に首を振りながら、パテトを距離を取るユニコーン。その頭部からは、確かに先程まで在ったはずの角が根元から折れていた。
苦痛に身体を捩るユニコーン。その隙を、パテトは見逃さなかった。神獣と化したパテトは、ユニコーンさえも上回る速度で疾駆する。残像さえも残さない、真の神速。ユニコーンの後足が砕けた後になってようやく風切り音が届き、移動の風圧によって巨大な瓦礫が地面を転がった。
バランスを崩すユニコーンは、既にパテトを捉えることさえできない。残された後足に再び衝撃が走り、付け根から身体の外向きに折れ曲がった。
ユニコーンさえも圧倒すスピードと瞬発力。それに伴う攻撃力はフェンリルに獣化した証である。根本的に、獣人は変身する獣の影響を受ける。頭髪と変身後の毛色は、基本的に同一色だ。パテトの紫色の頭髪に適合する犬など、この世には存在しない。
恐らく、パテトが肌身離さず装着していた腕輪は、フェンリルに獣化―――いや、神獣化することを抑制する効果があったのだろう。そうでなければ、突然、フェンリルに変身できるようになるなど有り得ない。神獣化を制限した理由も、凡そ推測できる。
満身創痍で左手が使えないパテトと、足を砕かれて動けないユニコーン。
2匹の神獣が、その身に残る力を振り絞る。
紫の軌跡を靡かせパテトが疾駆する。
動けないユニコーンは前足を掲げて迎え撃つ。
刹那の交錯。空を斬る音が奔り、駆け抜けたパテトが数十メートル先で前のめりに倒れた。微動だにしないパテト。パテトの神獣化が解け、紫の光が霧散していく。
余りにも強力な能力だからこそ、身体の負担も大きい。しかも、消費する魔力が膨大なため、元々魔力量が少ない獣人では、変身自体が困難だ。そこで、パテトの母は、その絶大な力に耐えうる肉体を得るまで、腕輪により神獣化を封印したのだろう。
その時、上体を起したままのユニコーンが微かに揺れた。そして、次の瞬間、首筋に深紅の線が浮き上がる。その線に添うようにして首がスライドし、半ばまでズレた所で地面に落下した。
『見事だ』
首だけになったユニコーンが念話で話し掛ける。パテトが気を失っているため、シャルルが代理として声に耳を傾ける。
『お前達は既に、石板の内容を知っているのであろう。同じ石板を何度も見ても仕方あるまい。故に、私から1つ贈り物をしよう』
地に伏していたユニコーンの身体が粒子状になり、サラサラと虚空に溶けていく。
『そこの娘は、攻撃力は高いが防御力が皆無だ。弱者を相手にするのであれば問題はあるまいが、これからはそうもいくまい。それ故に、これを渡そう』
ユニコーンの身体が消えたその後に、一対の籠手が残っていた。それは、ユニコーンの角と同様に、虹色に輝く稀代の防具であった。
『それは、私の角を使用した魔法具である。打撃のみならず、ほぼすべての魔法のダメージを軽減する。そして更に、装着時には素早さが上昇する効果もある。娘の戦闘スタイルに合致しているはずだ。それにより、未知との戦いも冒険も、安定するであろう。
―――さあ、試練を受けし者達よ。更に奥へと進むが良い』
その言葉を残し、ユニコーンの気配が完全に消えた。第一の試練は、これで完了したということなのだろう。
ユニコーンが残した籠手、神獣の籠手とでも呼ぶべきか。それを手にして、シャルルはパテトの元に歩み寄る。そして、その小さな背中に手を翳し魔法名を呟く。
「―――超回復魔法」
眩いばかりの光に包まれ、パテトの傷が一瞬で消える。左腕の骨折も、全身の裂傷も全てが癒えた。高位の回復師や僧侶にも不可能な治癒力である。
パテトを抱き起こし、石造りのベンチに寝かせる。すると、微かにいつもの口調でパテトの声が聞こえた。
「アタシ、肉が食べたい・・・」




