アポネ遺跡④
建物の破片や木片が散乱する道路。所々に、折れた剣や放置された弓などが落ちている。この都市を襲撃した強大な敵と、この地で激戦を繰り広げたのであろう。そして、余りにも荒廃したため、復元するよりも遷都することを選んだ。
攻めて来た相手は何者だろうか。これほどの城塞都市を根底から破壊できる存在など、数えるほどしかいない。怒れる古竜、顕現した神、もしくは復活した魔王。
シャルル達が瓦礫を避けながら奥へと進んで行く。すると、道幅が大きくなり、中央に噴水がある大きな広場に出た。砕けて粉々になった噴水。他の場所よりも荒れた地面。石の壁に穴が開いている建物から考えると、この場所でユニコーンが襲い掛かってきたと考えるのが妥当だろう。
噴水の傍で様子を窺っていると、突如、強烈な威圧感を伴った存在が虚空から現れた。それは、頭から50センチ近い角を生やした白馬だった。背中から伸びる羽は白鳥のようにしなやかで力強く、虹色に輝く角には聖なる力で満たされている。その現実味のない生物は、フワリと地面に着地すると、2人に対峙した。
「ユニコーン・・・」
シャルルの呆けた呟きに、パテトも呆然とした表情のまま返す。
「私も初めて見たわ」
神獣ユニコーン―――通常の馬に倍する巨躯でありながらも、背中から生えた翼で空を飛ぶ。その速さは鳥類を軽く凌駕し、竜種に迫るとも言われている。しかも、頭から伸びる角には神聖な力が宿っており、その攻撃力は強大無比。滅多に人目に付くことがなく、人と関わること自体がないが、Sランク相当の魔物と同等もしくは上位に値する存在である。
そのユニコーンがシャルル達に対し、敵意を向けている。
シャルルの眼が赤く染まり、ユニコーンの能力を鑑定する。
レベルは50。俊敏と物理攻撃が高いが、シャルルであれば勝てない相手ではない。パテトのレベルが39まで上昇していることを考慮すれば、獣人としての利点は活かせなくても、獣化で互角に戦える可能性がある。
「さっき言った通り、私が行く。シャルルはその辺で昼寝でもしてて・・・でも、どうしても観戦したいなら、座って見てても良いからね」
「分かったよ」
パテトの語尾に苦笑いしながら、シャルルは広場の隅に腰を下ろす。パテトは封魔の爪を装着すると、一人広場の中央で身構えた。
「―――獣化!!」
ユニコーン相手に出し惜しみはしない。最初から、全力でパテトは挑む。
ポテンシャルは互角。しかし、飛行能力を加味すればパテトが不利だとシャルルは思っていた。
ユニコーンを見据えていたパテトが、一瞬にして目の前から消える。
普通の相手であれば、パテトの先制攻撃になるはずなのであるが今回は勝手が違う。逆に、パテトが突撃してきたユニコーンに吹き飛ばされたのだ。遅れて届く衝撃音の後で、パテトは後方の建物の中から這い出してくる。切れた口元を笑いながら拭い、次の瞬間にはユニコーンの懐に飛び込んでいた。
しかし、繰り出す拳撃は空を切り、何度手を振り回そうが掠りもしない。苦し紛れに身体を反転させ蹴りを放つが、逆にカウンターで前蹴りを食らう。何度も地面を転がるパテト。そこに、上空からユニコーンが体当たりを仕掛ける。直後、周囲に轟音が響き渡り、瓦礫と共に砂埃が舞い上がった。地面を横向きに回転し、どうにか直撃を避けたパテトが、全身を砂まみれにして這いつくばったままユニコーンを睨み付けた。
パテトは瞬発力とスピードを重視した戦闘スタイルである。圧倒的な身体能力と、更に獣化による身体強化により、敵対する者を打ち倒す。その上位互換であるユニコーンは、正にパテトの天敵といえた。翼の推進力によるスピードと攻撃力の強化は、獣化したパテトの更に上をいく。更に、空中からの攻撃も自由自在である。魔法が使えないパテトには、空に逃げられればどうすることもできない。
しかし、この一方的な展開ではユニコーンには逃げる理由がない。地表スレスレを飛行し、地面に這いつくばるパテトを急襲するユニコーン。その蹄が、回避し切れないパテトの脇腹を抉る。打撃の勢いそのまま、何度もバウンドしながら地面を転がるパテト。広場の中心にある噴水に激突し、その回転がようやく止まる。血反吐を吐きながら、尚もパテトは立ち上がる。しかし、スピードで負けている以上、成す術がない。
「ホントに・・・スゴイわ、神獣・・・」
ようやく絞り出した言葉が、相手を褒め称えるものだった。腹部を押さえ、やや前屈みになりながらも身構えるパテト。その戦意は衰えてはいないが、対するユニコーンは未だに無傷だ。
足元がフラつくパテト。ユニコーンは角を突き出し、一気に距離を詰める。瞬動以上の速さは、正に神速そのものである。虹色に輝く角がパテトを襲う。パテトは半身になってそれを避け、裏拳をユニコーンに横っ面に叩き込む。絶妙のタイミングだった。しかし、それさえも、ユニコーンには当たらない。逆に首を捻り、パテトの首筋目掛けて角を振り回してくる。予期せぬ反撃ではあったが、どうにか反応し、首の代わりに仕方なく左腕を犠牲にした。




