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アポネ遺跡③

 ギルド職員の男性は、目を伏せて首を振る。

「それは、我々には分かりません。ですが、神獣しかいないということは、何者かの意志が働いているのだとは思いますよ。それは、神獣を倒した後、そこに石板が現れることでも分かります」


「石板?」

 思わず訊き返すシャルル。その問いに一度頷くと、ギルド職員は話を続ける。


「遺跡の完全攻略に挑んだSランクパーティは、同行したAランクパーティと共に、ユニコーンの討伐には成功しました。そのユニコーンは、なぜか石板を残して消滅したのです。

 それが、これです。これは、あくまでも写しですが・・・」

 ギルド職員は、相談スペースの壁に掛かっていた石板を指差した。


 シャルルはその石板を眺め、その文字を読み上げる。

「―――この地に現れし魔王は、300年周期で復活する。其の者はアンデッドの王たるエルダーリッチ。封印する為には四方を囲みて、その中心に結界を張り、日々祈り続けることが必要である。さすれば300年間は安寧の時が続くであろう―――

 なるほど、魔王の情報、といった感じですかね。確かに、何者かの存在を・・・って、どうかしましたか?」


 視線を感じ顔を正面に向けると、ギルド職員が目を見開いて固まっていた。

「もしかして、この古代文字が読めるんですか?帝都の学者達が、1年以上かけてようやく解読した内容と、一致しているのですが・・・」

「ああ、まあ、そんな感じです」

 隠す必要はないが、変に詮索されても困るシャルルは笑って誤魔化す。


「それならば、お分かり頂けるでしょう。ユニコーンは、自分を第一の試練と言ったそうです。つまり、試練を超える度に、それ相応の何かが得られる。ということではないでしょうか?」


 シャルルは腕を組んで考える。

 確かに、ユニコーン自体が「第一の試練」と宣言したのであれば、それに続く試練があり、何者かが用意した「何か」を入手することができるだのろう。恐らく、同時に、試練を超克する者を選抜しているのではないだろうか。もし、この仮説が正しければ、この結界を張った存在は―――


「でも、結局、みぃんな、次の試練とやらで全滅したんでしょ?」

 今まで静かに聞いていたパテトが、突然口を開いた。そろそろ飽きてきたのかも知れない。

 パテトの言葉に、ギルド職員が首肯することで答える。

「ふうん」

 完全に興味を無くしたパテトが、足をブラブラし始める。結局のところ、どこまでいっても脳筋なのだ。


 ギルド職員の説明によると、アポネ遺跡の管理事務所は、アルムス帝国からの依頼により、ギルド本部が運営を請け負う形になっているらしい。受付担当の女性と管理事務所の所長、遺跡の見回りを担当している契約冒険者2名。これが人員の全てである。殆ど訪れる者もなく、とにかく暇。とのことだった。

 他のギルド同様に2階に宿泊施設があり、素泊まりであるが無料で泊まることができた。とりあえず、2部屋用意してもらいシャルル達は翌朝遺跡内部へと出発することにした。



 翌朝、自前で朝食を済ませたシャルルとパテトは、管理事務所の所長に連れられて、1階奥に設置された扉の前を訪れた。重厚な金属製の扉には何らかの魔法による障壁処理がされており、外部からの侵入ができない構造になっている。


「この扉は、専用の鍵がなければ開けることができません。ですが、諦めて遺跡から退出したい場合、中から開けることは簡単にできますので大丈夫です」

 内部にいると言われる神獣は、結界の外に出ることができないと解釈すべきだろう。

 所長が鍵を掴み、扉の穴に差し込む。

「準備はよろしいですか?」

「お願いします」

 シャルルが軽く頷いた瞬間扉が空き、2人を遺跡の中へと飲み込んだ。


 分厚い空気の層を抜ける感覚と共に、シャルルの視界が切り替わる。

 その眼前に広がっていたのは、生者の営みを全く感じさせない滅びた世界だった。崩れた建物、道路に散らばる瓦礫。風さえも吹かず、空気が澱み、何もかもが停滞している空間。ただ、濃密な魔素と殺意だけが充満し、訪問者を廃都の奥へと誘っていた。


「さて、とりあえずユニコーンに会いに行くか」

「うん。ああ、シャルル」


 前を歩くシャルルに、珍しくパテトが並ぶ。普段は後ろをブラブラと付いて歩くのだが、いつもとは少し様子が違う。自分の方を向いたシャルルを、何かを決意をしたように見据える。そこに、いつもの怠慢な空気はない。


「ユニコーンなんだけど、アタシ独りで戦わせてくれない?今の自分が、どの程度のレベルなのか知りたいの」

「いいけど、大丈夫か?」

「・・・たぶん」



 パテトはシャルルが異常に強いことを知っている。

 どの程度なのかは、全力で戦っているところを目にしたことがないため分からない。しかし、今の自分では遠く及ばないことだけは十分に理解している。

 そのシャルルと共に進むと決めた以上、パテトは足手まといにだけはなりたくなかった。そのためには、もっと強くなるしかないのだ。


 パテトは自分の立場を理解している。

 アニノート国の第一王女であることを。目の前でガザドランに父である王を殺害され、母までもがその手に掛った。朦朧とする意識の中、転移結晶によってアルムス帝国まで飛ばされた。

 現在、アニノートがどうなっているのかは分からない。だが、獣人は簡単に服従はしないし、裏切り者は許さない。今もきっと、残った人達が抵抗を続けているに違いない。だからこそ、自分がガザドランよりも強くなり、国を取り戻さなければならない。


 パテトはシャルルが背負う心の傷を知っている。

 初めて念話スキルが発動した時、同時にシャルルの過去を体験した。仲間に裏切られ、自暴自棄になり、誰も信じられなかったシャルル。でも、様々な人達との出会いが、シャルルの心を癒し、再起させようとしている。

 その時に、隣にいて一緒に戦いたいと思う。でも、今の自分には、まだその力はない。


 だからこそ、普段は、シャルルの気持ちが少しでも楽になるようにと、明るく振舞い、道化を演じ続けている。もし、アニノートの重臣が見れば、その目を疑うに違いない。歴代の王女の中で、最も聡明と言われたパテトが、怠惰な言動をしているなど想像すらできないだろう。


 ここで、パテトに後退はない。

 今ここで勝たなければ、本当にシャルルを一人にしてしまう。

 アニノート国を、ユーグロード王国から取り戻すことなど絵空事だ。


 緩い表情の仮面を外し、パテトは足を一歩前へと踏み出す―――――



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