アポネ遺跡①
アルムス帝国の第三皇女であるフィアレーヌ、そしてギルド本部のマスターとシャルル達は面談した。それにより、Eランクでありながら、特例としてアポネ遺跡の入場許可証が発行されることとなった。
フィアレーヌの口添えの効果も当然あったが、ギルド本部自体がアポネ遺跡の攻略を目指してきたという事情もあるようだ。
前人未到の領域。「世界の秘密が眠る」と言われ続けてきたものの、未だに第2の関門を突破した者さえいない。数年前、Sランクパーティと2組のAランクパーティが、総勢30名もの合同チームを結成して攻略に挑んだものの、第2関門で敢え無く全滅した。それ以降、挑む者すら出ていない。
シャルルはギルドマスターから渡された金属製の入場許可証を懐に仕舞い、アポネ遺跡までの地図を手にして立ち上がる。
「ありがとうございました。とりあえず、行ってから考えます」
気の抜けた返事に肩を透かされながらも、フィアレーヌとギルドマスターは相談室を出て行くシャルルを見送る。
「・・・それで、どう思われますか?」
扉が閉まり、気配が遠くなったことを確認すると、フィアレーヌが口を開いた。ギルドマスターは尚も扉を見詰めながら、自らの思いを吐露する。
「当代の勇者が挑んで失敗するのであれば、実質、あの遺跡を攻略できる者はいないだろう。あの2人が試練を乗り越え、魔王の秘密を入手して帰還することを祈るしかない」
シャルルはロビーに出ると、一番近くの空いているベンチに腰を下ろした。そして、受け取ったばかりの地図を広げた。その地図には、以前購入した物には記載されていなかったアポネ遺跡の記載されていた。
「クレタの西・・・これだと、片道2日は必要だな」
地図を覗き込みながら、パテトが直線距離を指でなぞる。
「こうさ、空でも飛んで良ければ、すぐ着くのにね。お腹も減らないし」
「いや、お腹は減るだろ、普通に」
確かに、飛行魔法があれば便利ではあるが、竜士族かドラゴン、魔族でもない限り長時間飛ぶことはできない。シャルルは地図を記憶すると懐に収め、立ち上がってロビーを縦断した。
「とりあえず、食料を買い込んだら出発するぞ」
「肉ね。肉を大量に買い込んで!!それと、お菓子類も大量に!!」
「えっと、遊びに行く訳じゃないんだけど・・・」
そんなシャルルの呟きを華麗に聞き流したパテトは、鼻先を少し突き出すと走り出した。
「よし、こっち!!」
「いや、そっちは肉屋だから!!」
一通り準備を整えたシャルル達は、そのままクレタを出発した。通常、馬車で3日と説明を受けたが、道なりに進む必要がない2人ならば2日の道程である。
マップを投影したシャルルが、地形を無視して直線ルートでアポネ遺跡に向かう。その後ろを、パテトが小走りでついて行く。昼過ぎに出発したものの、日が暮れる頃には中間地点のすぐ手前まで辿り着いていた。
「砂漠なの・・・ここ?」
眼前に広がる砂丘を眺めながら、パテトが訊ねる。
「どうだろう。砂漠と言うよりは、戦場の跡、といった感じなのかもな」
シャルルが開いているマップでは、周辺に森や集落があることになっている。この地図がいつの時代の物かは分からないが、以前はこの辺りで生活を営んでいた者がいたのだろう。そうならば、この地域一帯で何かが起きたということになる。
「とりあえず、今日はここまでにしよう。流石に足元も見えないのに、地形すら分からない場所を進めないしね」
「うん、分かった」
翌朝、2人が防御障壁の中で目覚めると、周囲に砂地系の魔物が転がっていた。どうやら、障壁に設定してあったカウンター魔法によって自滅したらしい。何の魔物なのか、一応確認しておく。どういうレベル帯の魔物が生息しているのか、それを知っておくことは重要なことなのである。
調べた結果、襲撃してきた魔物は火炎蠍と火炎蛇の2種類。どちらもDランクの魔物であり、シャルル達にとっては戦う意味すらない相手だった。
朝からステーキを要求されたシャルルは、苦しみながら胃袋に押し込むとアポネ遺跡を目指して出発する。2枚の分厚いステーキを軽々と流し込んだパテトを眺めながら、もしかしたら犬ではなく別の生き物なのかも知れない―――と思いながら嘆息した。
ここは砂漠といっても、何か特殊な理由で乾燥してしまった地形である。通常砂漠に生息する強大な魔物である土大蛇やスフィンクスなどに遭遇することもなく、事前の予定通りにアポネ遺跡に到着した。
「何か、凄いな・・・」
目の前に広がる光景を見詰め、シャルルは思わず声を漏らした。シャルル達を待ち構えていたのは、防壁の半分以上が破壊された城塞都市だった。しかし、その崩壊した景色が夕日に染まり、神秘的に写ったのである。
アポネ遺跡は、廃墟となった旧帝都である。現在、その城塞都市は強力な結界に取り囲まれ、他者の侵入を拒んでいる。誰が何の目的で設置したのかは分からないが、常人の力では絶対に不可能な技である。
アポネ遺跡の外周を移動するシャルルの目に、煙を吐き出す建物が写った。




