リリスと三国同盟②
トラトス国王は勢い良くドアを開け放つと、部屋の外に待機していた侍従長に指示を出した。
「ただちに重臣共に緊急の招集をかけよ。重大な発表がある」
「畏まりました」
老齢の紳士が90度の会釈をして、国王の命令を承る。
それから僅か1時間後、300年以上続いた三国同盟は、トラトス王国からの一方的な宣言により破棄された。そして同時に、トラトス王国はエルトリア共和国に対する宣戦布告を行った。
国境警備隊からの早馬がエルトリア共和国の首都カロスに到着すると、ただちに共和国議会が緊急招集された。国境警備隊からもたらされた内容が、国の存亡に関わる重大案件であったからだ。
「トラトス王国が同盟を破棄?」
「正気なのか?」
「宣戦布告とは、一体どういうことだ?我々の共通の敵は、ユーグロードではないのか!!」
「トラトス国王は、道理が分からぬ暗愚ではなかったはずだが?」
「アニノートが侵略された今、次に狙われるのは我々であることは明白ではないか。そんなことも分からなくなったのか?」
紛糾する議会。議会制の共和政治であるために、有事の際には意見がまとまらず、どうしても対応が遅れてしまう。今回はその僅かな遅滞が、事態を急速に悪化させていく。
情報収集と現状把握のため、トラトス国王への詰問状を使者に持たせて派遣する。
それだけのことを決めるために3日を要した。更に、その使者が首都を出発したのは、その翌日であえう。
結局、その使者はトラトス王国領内に一歩も入ることができず、国境からそのままカロスに引き返すことになった。トラトスの重装歩兵5000人が、国境に陣を構えていたからだ。
三国同盟屈指の軍事力を有するトラトス王国の精鋭部隊。その軍勢に強固な陣を築かれては、到底勝ち目はない。再び議会は紛糾し、議長の辞任を要求する案まで浮上。そんなことで事態が改善するはずがないことに、共和国の議員達は全く気付かない。保身のための提案。厭戦気分が蔓延していたエルトリア共和国は、内部から破綻していく。
「あらあら、では、我がユーグロード王国に従属しますか?」
その声は、議会堂の天井から聞こえてきた。
騒がしいはずの議会堂において声をも認識できるのは、直接脳に語り掛けているからである。
どこからともなく現れた妖艶な美女は、薄い笑みを浮かべたまま議会堂の真ん中に舞い降りた。
「降伏か、それとも死か―――
我がユーグロード王国は、今ここで、エルトリア共和国に対し宣戦を布告します」
ユーグロード王国からの宣戦布告を受け、エルトリア共和国は戦わずして降伏した。
北からはトラトス王国の精鋭軍が攻め込む気配を見せ、西からはユーグロード王国が宣戦布告してきたのだ。勝てる見込みがないことは、誰の目から見ても明らかだった。それならば、早期に降伏することで、被害を最小限にするべきである。
降伏する相手は、あくまでもユーグロード王国。三国同盟を形成してきた、ほぼ互角の国力を持つトラトス王国。しかも、三国同盟を破棄して裏切った国に、膝を屈することなどできるはずがなかったのだ。
エルトリア共和国がユーグロード王国に降伏すると、まるで申し合わせていたかのように、トラトス王国も降伏を申し入れる。これにより、ムーランド大陸においてユーグロード王国に従わない国は、妖精国ティラとマギナテクノ魔道国を残すのみとなったのである。妖精国は世界に不干渉を貫いているため、実質的にはマギナテクノ魔道国のみだ。
リリスは微笑を浮かべ、最後の国であるマギナテクノ魔道国に向かった。
マギナテクノ魔道国は、領土を持たない都市国家である。
金属で加工された高い防壁に囲まれ、外部から内部の様子を窺い知ることはできない。人口は300人前後であるが、全員が高度な技術を有する魔道技術者であり、建国以来侵略された記録はない。それは、防衛戦力として、多数の魔道兵士を所持しているからである。
マギナテクノ魔道国に到着したリリスは、不可視化の状態のまま、少し離れた空中から都市を見下ろしていた。
これで、当面の目的であった大陸の統一が果たされると思うと、リリスは無意識に相好を崩してしまう。そして、主に賛辞を贈られ抱擁される自分の姿を想像し、思わず熱い吐息を漏らした。
「ああ・・・すぐにでも終わらせて帰らないければ」
しかし、飛翔して防壁を超えようとした瞬間、急激に魔力の消失を感じてリリスは手前で落下してしまう。何が起きたのか分からず、防壁を見上げるリリス。すると、防壁から天に向かい、金色の光が放出されていることに気付いた。
「まさか・・・アンチ・マジック・ウォール?」
対魔法防壁―――発動している魔法を、強制的に停止させる魔法障壁である。その魔法が高位の魔法である場合、又は、高位の術者が行使した魔法である場合は、その限りではない。絶対魔法防御の下位互換といえる。
この対魔法防壁は、マギナテクノ魔道国が情報漏えい対策として、他国のスパイ行為を排斥するために設置しているものである。しかし、今回はリリスの不可視化と飛翔の魔法を強制解除させ、その侵入を未然に防いだのだ。
リリスは防壁を見上げながら、その美貌を歪ませる。
「この私を、地べたに這いつくばらせるとは・・・・こんな国など、滅びてしまえば良い!!」




