第0話『彼らは』
ある者は、近い未来を語った。この依頼の報酬で、彼女に指輪を買うのだと。そう言っていた彼は、そのすぐ後、魔物に喰われて死んだ。
ある者は、我慢の限界を迎えた。仲間が殺され、疑心暗鬼に陥る中、彼は独りパーティを抜けたのだ。その翌日、彼は森の中で死んでいた。
ある者は、殿として追手を食い止める為、踏み止まった。彼女と再会の約束を交わし、帰路に着いたその日、彼女の訃報が伝えられた。
ある者は、ある者は、ある者は。
――死んで死んで死んで。生きて生きて生きて。
◇◆◇◆
一体いつまで、こんな生活が続くのだろう。
村を追われ、街を追い出され、国に裏切られた。
何故こうなった?
憧れて、笑って、泣いて、怒って。
ただ、目標に向かって進む筈だったのに。
何処で、何を間違えたのだろう。
空を見上げて考えても、目に映るのは暗闇だけだ。
ならばもう、捨てよう。捨ててしまおう。
憧れも、喜びも、涙も、全て。
そうすれば、きっと。
――死んで死んで死んで。生きて生きて生き延びて。
◇◆◇◆
一歩、踏み出した足。
腕の中の宝物を、落とさないように抱え直した。
一歩、踏み出してしまった足。
後戻りしたくとも、振り返る勇気なんて無い。
一歩、踏み出された足。
腕の中の宝物が、空に溶けるように崩れて、消える。途端に、空気が薄くなった。目の焦点が定まらない。
「あぁ...ついに。ついに、ここまで」
眼前に屍の山。その上で、『それ』は嗤っていた。
――死んで死んで死んで。生きて生きて死んで。
◇◆◇◆
初めは普通だった。いや、人が死んでいるのに、普通だったというのも不謹慎かもしれないけれど。ただ、仲間の死を受け入れ、彼はそれなりに傷付いていたと思う。
様子がおかしい事に気付いたのは、あの事件が切っ掛けだった。何故かあれからずっと、人の頭を見ていることが多くなったのだ。彼の目には、何か見えていたのだろうか。
彼が人に近寄らなくなった。私に、何かできることは無いのかと聞いても、耳を塞ぐばかり。彼のあの態度は、私を遠ざける為のものだったのだろうか。周囲を寄せ付けない彼に、私は何もしてやれなかった。
――生きて生きて生きて。死んで死んで死んで。
◇◆◇◆
星空を見上げるのが、最近の日課になっていた。
星を眺めている間は、何もかも忘れられるから。
圧し掛かる重責も、家の柵も。
私の前から突然消えた、彼のことも。
私に何も言わず、自身の家族にさえ何も伝えずに彼は去った。
だから今、彼が生きているのか、死んでいるのかさえ分からない。
ただ、生きているなら。もう一度会って、この気持ちを伝えたい。
そうしたらきっと、彼も。
――生きて生きて生きて。死んで死んで死に急いで。
◇◆◇◆
ゆらゆら、ふらふらと、揺られる感覚。
その揺れに起こされ、何故か酷く重い瞼を、薄く開ける。
彼に、抱えられている。最後に見た時より、幾分か、勇ましい顔に、なっている、気がする。
会いたかった、ような、会い、たくなかった、ような、心を支配、するのは、そんな曖昧な、感情で。
このまま、彼の胸の中で、安ら、かに、眠れた、ら。
このまま、眠〖お前には仲間がついている〗。
――意識が、覚醒する。
掠れた視界が、ちぎれた腕が、拉げた脚が、失った臓器が。
全ての傷が、『不都合』が消え失せる。
彼の腕から離れ、何の不自由も無く、地に降り立つ。
「オァ...アァァァァアア!!!!!」
吠えるのは、眼前の影。『それ』は、泣いているようだった。
――生きて生きて生きて。死んで死んで生きて。