第7話 シオン 〜君を忘れない〜
僕は見事に寝坊した。
昨日の花子の事が気になって仕方がなく、眠れやしなかった。
寝癖が気になり手でを抑えるも直らない。だが今は髪型を気にしている場合ではない。
慌てて走りながら学校へと向かう。
口からは機関車の蒸気の様に、白い息が吐かれていた。
肩で息をしながら教室の扉を開ける。教室はいつもよりざわついていた。
先生は教卓で出席簿を持って、生徒に向かっていた。
どうやら出席を取り終えた所に出加えた様だ。
「やっと来たか。お前にも話をしなければな」
僕は扉を閉めて、その場で話を聞く事にした。
嫌な予感が走る。
「高嶺の事なんだがな……」
昨日感じた違和感が、ここで分かる気がした。
「ここを離れる事になった」
先生の言葉に耳を疑った。
頭が真っ白になっていく。
状況を把握出来ない程、酷く混乱した。
何で、どうして。
疑問に疑問が重なり、ますます訳が分からなくなる。
花子はこうなる事を分かっていたのか。
分かっていたから元気が無くて、周りを避けていたのか。全部一人で背負い込んでいたのか。
言葉を失っている僕の耳に、次々と教室のざわつきの声が入ってくる。
「やっと気を使わなくて済むわ」
「この際言うけど~可愛いから仲良くしてただけだし」
「ちやほやされて調子乗ってたよね~」
あんなに仲良く見えた女子達の会話。
「何か話しかけずらかったよね」
「可愛いけど、愛想が無いというか」
「告ったのに全員ふるんだぜ? 俺達の事見下してたんだろ!」
あんなにメロメロだった男子達の声。
(ふざけるなよ……)
違う、花子はそんな奴じゃない。
お前達は何も分かっていない。
花子が悩んでいる理由はこれだと直感した。
段々と腹の底から怒りが湧き上がる。
(落ち着け、落ち着け……)
自分に問い掛ける。
何とか感情にストッパーをかけた。
すると椿の言葉が、僕の脳裏に響いた。
「あいつと付き合えたら人気者になれると思ったのにな~!」
その言葉を聞いた途端、僕の中の何かが壊れた。
我慢の限界だった。
「お前らにとって……花子はそんなものだったのか!?」
静まり返り、みんなは僕を驚いた顔で見つめる。
何で誰も悲しまない。何で誰も平気なんだ。
「花子はな! 花子は……!」
くそ! くそ! くそっ!!
声にならない叫びが頭の中で止まらない。
僕は教室を勢い良く飛び出した。
強く開けたせいで扉が何度も往復している。
「おい、柊木!!」
背後から聞こえる先生の怒鳴り声に見向きもせず、ただひたすら走った。
僕も何も分かってなかったんだ。花子の事を。
自分に腹が立って仕方がない。
学校を出て歩道を走る。
息が辛くなる。日頃から運動をしていないせいで、横っ腹が痛くなり、足取りが重くなっていく。
バンッ!
「気を付けろ!!」
「すみません!」
通行人とぶつかるも、顔を見て謝る暇もない。
「間に合ってくれ……!」
何と怒ろうか、何て謝ろうか。
僕は何て馬鹿なんだ。昨日、ちゃんとあの時、助けてのサインを出していたのに。僕は告白だの何だのと浮かれて……。
一旦置いておこう。今はとにかく走るんだ。
花屋の前を通る。
その時は、僕一人だけなのに開店していた。
僕は咄嗟に立ち止まるが、今は寄ってる暇はないと、また走り出そうとした。
しかし花屋の男は、僕を手招きをしているのが見えた。
僕は香ばしい匂いに誘われる昆虫の様に店内へと入った。
男はまた僕に花を手渡す。
「これは……」
その花の名はシオン。
周囲に綺麗な薄紫の舌状花が一重に並んでおり、中央は黄色の筒状花の花を咲かせている。
ーーー花言葉は
「君を忘れない……」
花屋の男は僕の気持ちを見通しているかの様だった。
この花を花子に渡しなさい。そう言っている様に感じた。
俺はこの花を花子に渡す。そして伝えるんだ。
僕は店を飛び出し、再び走り出した。
花子の元へと。