第6話 シュウカイドウ 〜辛い片想い〜
僕達は、帰り道にいつもの様に花屋へと向かった。
花屋はいつしか二人だけの場所となっていた。
しかし、何度も通っているというのに、この花屋にはまだ謎が多く残っている。
分かっている事は、僕達二人揃って行くと開店しているが、そうでないと閉店している。
友達に聞いてみたが、そんな物は知らないと言われた。
最初は、みんなで僕を騙しているのかと疑心暗鬼だったが、あの椿にすら真剣な顔で言われたんだ。
本当の事なんだろう。
つまり信じられない話だが、僕達二人にしか見えない不思議な花屋という訳だ。
僕達だけの秘密の様で嬉しい気分になる。
僕は、この花屋に花子と出逢えた事をもう一度感謝した。
今から始まるのは花子劇場、独擅場だ。
僕は自動的に聞き手に回る。
花子は、この花屋で色々な花を教えてくれる。
頭の頗る良い花子の花に対する知識量は、もしかしたら理科の先生よりも知っているかもしれない。
最初は、花の事なんて何も知らなかった僕も、花子のお陰で詳しくなった。当然花子には負けるけど。
今日も、花子の花の話が聞けて嬉しく思う。楽しそうに話す花子を見るのが幸せだからだ。
しかし、今日の花子は何も話そうとはしなかった。
凄く深刻な顔をしている。具合でも悪いのかと思ったが、何か違う。まるで何かに悩んでいる様に思えた。
出鼻を挫かれた僕は、告白する事を一旦頭の片隅に置いた。
さっきも椿にあんな事を言われたばかりだ。流石に言い辛い。
そういえば昼食の時から、花子は元気が無い様に感じた。
僕は心配になって聞いてみた。
「どうした?」
「蓮……あのね? もし……」
そこにはいつも元気な花子の姿は何処にもいなかった。どことなく怯えた弱々しい声で話を続けた。
「今まで当たり前だった存在が何処か、何処か遠くへ行ってしまうとしたら……蓮ならどうする?」
その時の花子の顔が脳裏に焼き付いた。まるで世界に明日が来ない様な、悲痛の顔だった。
「僕なら……」
花子は何かに悩んでいる。
僕は何て答えたらいい。何て答えたら救ってあげれる。
「悔いの残らない様に迎えてあげる……かな?」
「そっか……」
これでいいのだろうか。これが正解かなんて、誰にも分かりはしない。
悲しげな苦笑。花子は立ち上がった途端「帰るね」と一言添えた。
「悩みがあったら相談乗るから!」
「ありがとう……」
微笑んで小さくそう言うと、花子は帰り道を走って帰って行った。
「何で……そんな顔するんだよ……!」
花子のあの作り笑いを見て、何か嫌な予感がした。
もしかしたらこのまま会えなくなるのではないか、何処かへ行ってしまうのではないか。
そんな胸騒ぎを思い違いである事を願った。
花子は次の日、学校を初めて休んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
家具の無い部屋は、いつもより広く感じる。片隅には段ボールが集めて置いてある。
私は部屋の中心で大の字で寝転ぶ。清々しさと寂しさが部屋中に漂っている。
すると、私の部屋にノックの音が響いた。その音は硬く、そして執拗だ。叩いた相手は決まっている。
「花子……いいか?」
高嶺 楓。私の父だ。
私は起き上がり素っ気なく「うん」と返事をした。
愛用の眼鏡は使い古され、白髪も増え、父はいつもより老けて見えた。それに少し痩せた様だ。背が高いせいか、弱々しさを感じられる。
「ごめんな」
父は申し訳なさそうに俯いてそう言った。そこには父としての威厳は皆無であった。
私の父は単身赴任で引越ししては、それを転々と繰り返していた。それをする度に父は私に謝る。
私は、その事を重々承知している。顔を精一杯に横に振った。
「じゃあ、明日。起こしに来るよ」
そう言ってゆっくりと扉を閉めて、部屋から出て行った。
私はまだ準備を終えていない。最後にやるべき事が残っている。これをしなくては、必ず後悔してしまう。
紙を用意してつらつらと書き綴る。筆は止まる事を知らない。悔いを残さない為に書いた。
すると文字が滲んだ。私は筆を止める。
私は泣いていた。零れ落ちた涙で紙がふやける。
こんな経験は何度もあった。もう慣れっこだ。
遊びに行こう。笑顔で誤魔化すのは辛い。本当は遊びに行きたい。でも、どうせ離れ離れになるのだから。みんな私の事なんて忘れるのだから。
友達なんて、恋人なんて、そんなの必要ない。
前の学校でも、その前も、ずっとそうだった。
女子達は、私の前では友達のふりをして、仮面を被って、陰では悪口を言っているって事を知っている。
男子達は私を使って賭けをしている。付き合えた人が勝ちらしい。上手く遊びに使われていたというわけだ。
私に、近づく人の考えている事は大体分かる。私の事なんて見ていない。
だけど蓮は違った。私をちゃんと見てくれた。本当の私の事を思ってくれている。
蓮といると楽しい。もっと話したい、もっと一緒にいたい。
そんな事、考えたら駄目なのに考えてしまう。叶わない思いを願いたくなる。
だから嫌だったんだ。人に恋をする事が。大事な人を見つけてしまう事が。
こんな気持ちになるくらいなら、最初から会わなければ良かった。
けど、別れは来る。もう慣れっこなんだ。
なのに何でーーー
「涙が止まらない……!」
紙をくしゃくしゃにしようと伸ばした手を止めた。
蓮、ごめんなさい。そして、さようなら。
ーーーシュウカイドウ
『辛い片想い』
片方の想いは、片方の想いと交錯していく。