第5話 ベゴニア 〜片想い〜
ベゴニアと言う花を知っているだろうか。
色の種類が多く、原産地が熱帯な事から、長持ちで有名である。観賞用としても多くの人から愛されている花だ。
他にもプレゼント用としても人気がある。
花言葉。人に気持ちを伝える最高の言葉。
ここではベゴニアの花言葉を二つ紹介しよう。
まず一つは、「付き合ってください!」
『愛の告白』である。
そしてもう一つは、「ごめんなさい!」
『片想い』であった。
一世一代であろう、その男子の告白は終わりを告げ、持っているベゴニアの花束は手から落ちた。
こんな光景は何度も見た。
花子が転校して来てから、数ヶ月が過ぎようとしていた。
僕は花子と、少しは仲良くなったつもりでいる。彼女もそう思ってくれていたら、嬉しく思う。
あれからというもの、学校の人気者、もといアイドルとなった花子は、一際輝きを増していた。
男女問わず、隙があれば花子の周りを群がって、取り合っていた。
そんな花子は何処か素っ気ない、まるで周りを避けているような態度に見えた。
だが、何時も笑顔は絶やさずに振り撒いていた。その姿が辛そうに見えるのは気のせいなのだろうか。
僕にとっての花子は、同じ学校生活を通じてより一層眩しすぎる存在となっていた。
授業が終わり昼休みとなった。
僕はいつも通り、花子を昼食に誘う。
「花子、飯食おうぜ」
「うん……」
昼食を食べながら、僕は考えていた。
告白されまくる日々を送る花子。
体育館裏に呼び出し、下駄箱にラブレターは当たり前。
学年集会中に屋上からの愛の叫びは、週間行事と化していた。成功者は未だにおらず、僕はその度に寿命が縮まる思いで、まるで生きた心地がしないでいた。
このままでいいのか。このまま、片想いのまま終わっていいのか。
ここ最近、自問自答ばかりしているばかりの僕は焦っていた。
花子が誰かと付き合う前に、この想いを伝えなければ。
しかし何故、花子は断り続けるのか。もう誰かと付き合ってもおかしくないのに。
いたとしたら、どうせイケメンで背の高い奴なんだろう。
心の準備が整うのに、数ヶ月もかかったヘタレな僕は、今日こそはと、玉砕覚悟で告白する断固たる決意をした。
「花子、今日ちょっといいか?」
「え? うん……いいよ」
昼食を終え、授業が再び始まる。
みんなが勉強を始める中、色々な告白のシュチュエーションという名の妄想をする。
一人でにやける僕は、気持ち悪いものだったと思う。
すると、突然チャイムの音が耳に入ってきた。午後の4時、とっくに下校時間は過ぎていた。
教室には、ぽつんと僕が一人だけが取り残されていた。
「あれ……花子?」
花子とは家が近くて、一緒に帰るのが日課で唯一の楽しみだというのに、置いていくなんて酷い。
悲しみに打ちひしがれた僕は、ゆっくりと帰る支度を始めた。
静まり返った教室を抜け出す。
構内を見回ってみるも、部活中の人や、学校に残って楽しそうに話をしている人しかいなかった。
広場に出て辺りを見渡すが、やはり花子の姿は何処にも見当たらない。
僕は諦めようとしたが、まだ見ていない場所が一つだけある事に気が付いた。
体育館裏である。僕は嫌な気がしたが、身体はその方向へと向かっていた。
やはり、予想は的中した。
いつもはいるはずのない体育館裏には、男女が向かい合っていた。その二人には見覚えがあった。
「付き合って下さぁい!!」
腰を90度曲げて、頭を深く下ろしている男は椿であった。
告白現場に目撃してしまった僕は、声を殺し咄嗟に物陰に隠れた。
この空間に漂う緊張感が肌にびしびしと伝わる。
(僕を差し置いてあいつ……!)
花子が口を開く、告白の返事をするのだ。
この瞬間、僕はスローモーションでも見ている様な錯覚に陥る。
花子は何て言うんだろう。不安と恐怖で耳を塞ぎたくなる衝動に襲われる。
時はずでに遅く、それは告げられた。
「ごめんなさい! 好きな人がいるの……」
椿の告白は、見事に玉砕した。
恋心は儚く散った。椿の顔はまるで、枯れ果てた花の様であった。
すると椿は、此方に向かって走って来た。
僕は慌てて逃げようとするも、遅いと判断し、諦めた。
角を曲がると、椿が姿を現わした。曇った表情の椿と、焦っている僕との目が合う。その目の奥には悲しみの色をしていた。
「お前……見てたのかよ」
「いや、盗み聞きするつもりは……」
椿はいつもとは違う雰囲気で、僕は怯んだ。
僕達は無言になる。まるで喧嘩した後の様な気不味さが漂う。
「好きな奴がいるんだとよ! くそっ……!」
その時の椿の顔は、苦虫を噛み潰す様な表情だった。
「俺は諦めないからな……!」
そう言ってこの場を去っていった。
相当悔しそうだった。あんな椿を見るのは初めてだ。
あいつも、真剣に恋したんだ。
「待った?」
背後からひょこっと顔を覗かせてきたのは花子だった。
僕は「うわっ!」と変な声を出して驚いた。咄嗟に大きく飛び跳ねる。
花子は平然な顔をしている。
しかし、少し瞳が潤っているのが分かった。
椿にあんな酷い事を言われたんだ。僕に隠そうとしているだけで本当は悲しいんだ。
そんな花子に、何て話し掛けたらいいのか分からず、戸惑った。
「い、いや。丁度花子を探していた所だよ!」
「ごめんね?」
花子は困り顔で小さな舌をぺろっと見せた。その小悪魔風な仕草は僕の胸を撃ち抜いた。
僕は、顔と手を横に何往復も振る。
「行こうぜ!」
僕も頑張って平然と振る舞う。
どうやら男を見せる時が来た様だ。
マイナスな雑念を振り解いて、揺らぐ決意をもう一度強く固めた。