第4話 サクラソウ 〜初恋〜
先生のその言葉は、教室をお祭りムードの如く騒がせるのには十分であった。
生徒の各々が、期待と好奇心で満ち溢れている。
(全く……騒がしい奴らだ)
「こんなに興奮してる蓮を見るの初めて……」
「だな……」
葵と椿は、机から身を乗り出して目を輝かせている僕の姿を見て、少しひいている。
それに気付いた僕は、ゴホンと咳を払い、席に着いた。
転校生。もしかしたら。
限りなく低い可能性が待っているであろう、それを扉の向こう側に願う。
そんな訳がない。漫画の世界じゃ無いんだし。
ーーーそんな訳が。
「では、入って来てくれ」
先生の合図と共に扉がゆっくりと開く。
この時、この空間だけがスローモーションになった様な錯覚に陥る。
クラス全体がまた静まり返る。
僕は唖然とした。
「高嶺 花子です。よろしく……」
夢かと目を擦るも変わらない、これは現実だ。
今、確かに目の前に彼女はいる。
「えええ!? 」
信じられないがこれは偶然、いや必然と言えよう。
運命だと言わざるおえない。
感じた事の無い喜びを噛み締めた。
「柊木、知り合いか?」
気が付くと僕は、席を一人立っていた。
転校生よりも視線を集め、恥じらいに耐えられず、席に着いて身体を縮めた。
「し、知り合いって程じゃ……」
名前も知らないさっき会ったばかりの人を、知り合いと呼んでいいのだろうかと返事に躊躇った。
中断してしまった転校生の挨拶は再び行われる。
礼儀正しく美しいお辞儀は、まるで教本の様だ。
男子生徒全員が彼女に魅了され、うっとりとしている。
挨拶を終えた花子は、先生に指定された席に向かう。
先生に指定された席は、僕からは反対にある廊下側の一番後ろの席だった。
席に着くと、花子は僕の方に目を向けた。
「よ、よろしく!」
花子は無言でペコリとお辞儀をした。
ばれない様に、心の中で思い切りガッツポーズ。
周りの男子達の、嫉妬と邪念が混じった目線を振りほどいて、何時もより騒がしい教室で、いつもより大変な授業が、いつも通り行われた。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
何時もより長く感じた授業に僕は疲れ果てていた。
すると、まるでスーパーのタイムセールの様に、一斉に男子生徒が、窓際の一番後ろの席である僕の所に集まって来た。
「おい蓮! 抜け駆けしやがって!」
「偶然会っただけだ!」
椿は、僕に向かって怒りを露わにしていた。
表情から察するに、悔しさと憎しみが半々といった所か。
確かにあれ程の美少女、ほおって置く奴はいないだろう。
先に知り合っている奴がいるなんて知ったら、怒り狂うのも分かる。
僕は気が付くと、完全にクラスの男子達を敵に回していた。
僕はまるで、狼に囲まれた羊の様であった。
そうこうしていると、女子達は花子の元へと集まっていた。
「花子ちゃん、好きな食べ物は?」
「花子ちゃん、趣味は?」
「花子ちゃん、今度遊びに行かない?」
聖徳太子並みの質問攻めを受ける花子。
花子は全てに笑顔で対抗。周りの女子と比べて、花子の笑顔は反則級であった。
その笑顔を誰にでも向けるのかと思うと、つくづく恐ろしいと思った。
しかし、何処か花屋で見せた笑顔よりもぎこちないというか、表面だけの笑顔に感じた。
転校初日で緊張しているのだろう。
気が付くと、女子達はもう打ち解け始めており、男子達の入る隙は無い。
最近の女子のコミュニケーション能力は異常だ。
男子と女子との間には、まるでヒビが入って谷底が出来たかの様に別々のエリアと化した。
たった今、花子争奪戦の火蓋が切って落とされた。
窓の外を覗くとまだ冬だというのに、季節外れの花が咲いている。
ーーーサクラソウ
『初恋』
サクラソウは咲き誇っていた。