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第3話 トリトマ 〜恋する辛さ〜

 僕はどうやら恋をしている様だ。


 彼女と花屋の前で出逢ってから一週間が過ぎた。

 僕の頭はその子で一杯になっていた。

 あれから何度も彼女を探しに花屋に行ったが、花屋は一度も開店する事は無く、彼女が現れる事もなかった。

 僕の初恋は始まりもせずに終わってしまうのか。


「はぁ……」


 深いため息を吐いて、恋を募る。

 思えば思う程に愛しく感じる。恋をするのがこれ程までに辛いとは思わなかった。

 彼女にもう一度会いたい。会ってもっと話がしたい。

 馳せる想いは止まらない。


 教室に騒めく雑音は、僕の耳に一切通らず、頭の中で掻き消されていた。


「おっす!」


 その言葉だけはすっと耳に入ってきた。

 振り向こうとしたが、もう遅い。

 背後からドンと押され、前のめりになる。それと共に身体に痛みが走る。


「元気無いけど、大丈夫かい?」


 心配しているにしては、嫌らしい笑みを浮かべているその少女の名は日向ひなた あおい

 幼い頃に、隣に引っ越して来た以来、一緒にいる事が多い。

 ほれほれと肩を組みながら、脇腹を指先で突いてくる。幼馴染みだけあって、態度が馴れ馴れしい。


 普通は女子とこんな状況になると、男子は歓喜するであろう。

 しかし、幼馴染みだというのもあるだろうが、何より葵のアスファルトの様な見事な絶壁に、喜びを感じ取る事は出来なかった。

 それに髪も短く、運動神経も抜群。以前に犬に襲われた所を助けてもらった経験がある。

 男勝りという言葉は葵の為にあるのではと思う程である。


「ほっといてくれよ」


 目を逸らして鬱陶しそうに返事をしてみる。意味も無く女子に冷たい態度を取りたくなる年頃なんだ。


「そっか、良い情報持って来てあげたのにな~」


 残念そうに悪戯な笑みを浮かべ、後を立とうとする。


「ち、ちょっと待て!」


 僕は葵を呼び止めた。

 気になる。凄く気になる。気になってしょうがない。

 もしかしたら、あの美少女と何か関係があるかもしれない。何故かそんな気がした。


「一応……聞いてやる」


 少し顔に血が上るのを感じた。


「素直じゃないな~」


 うるせえ!と言いたい所だがそれを言うと話が始まらない。

 喉の奥に言葉を閉じ込めて、話を聞く事にした。


「さっき職員室で見たんだけど」


 僕は、思わず唾を飲む。


「今日……何と……!」


 一体なんだっていうんだ。


「転校生が来るんだって」


 葵はコソッと僕の耳元で言った。

 耳元で発せられた吐息と、透き通る綺麗な声に身体がぞわっと震え上がり、妙な気分になる。


「へ、へぇ……」


 葵は驚くと思ったのか、僕の反応にがっかりしたようだ。期待外れもいいところだとでも言いたげな顔をしている。

 しかし、その情報は僕に微かな希望をくれた。

 だってその転校生が、彼女だったら……。


「女の子か?」

「え? そうだけど」

「その……可愛かったか?」


 葵は僕の発言に少し驚いている。

 らしくないのは重々承知している。しかし聞かなくては。


「そりゃもう! けど何か近寄り難い雰囲気だったなぁ」


 あの誰とでも接する事が出来る葵が言うとは、そうとうの事だ。

 その言葉で僕の中の微かな希望が膨れ上がる。


「え? なになに? もしかして蓮……!」


 肘でグイグイと肩を突かれる。少しイラッとした僕はその肘を交わした。


「違うよ! 別になんでも……」

「蓮も男の子だね~。 こりゃ私もうかうかしてられないな~」

「え? 何で?」


 疑問に思い聞いてみると、まるで彼女に教えてもらったキンポウジュという花の様に、みるみると葵の顔が赤くなっていく。


「な、何でもない!」


 何を慌ててるのか。こいつはいつも騒がしい。でもそう言う所に元気を貰う事もあるのだから、感謝するべきかもしれない。まあ、こんな事は死んでもはずかしくて言えないけど。


「何楽しそうに話してんの?」


 俺も混ぜろよと言わんばかりに、背後から僕と葵の肩を抱き寄せてきた。


 この男は桐島きりしま 椿つばき

 僕と葵の幼馴染みで、クラスのムードメーカー的な存在である。


 椿の母は、少しギャル風な人で、そのせいなのか椿の髪型は、ミディアムヘアーで毛先を遊ばせている。

 最近流行りのヘアーカタログにでも載ってそうな感じだった。

 ポケットに手を入れて、キメ顔をしている。椿からはかなりのチャラさが醸し出されている。

 五月蝿くて馬鹿なのだが、根は良い奴だ。幼稚園の頃からいつも三人一緒で、これが所謂腐れ縁って奴だろう。


「あんたには教えなーい」


 葵は如何にも嫌そうに、煙たい顔で椿を拒んだ。

 これを見て分かる通り、葵は椿の事があまり好きでは無いらしく、いつも喧嘩している。

 しかし僕が思うに、二人は気が合うと思っている。喧嘩する程仲が良いってやつだ。


「蓮! 教えてくれよ」

「転校生が来るんだってさ」


 それを聞いた椿は、新しいおもちゃを貰った子供の様に、瞳をキラキラさせる。


「女子か? 女子なのか!?」

「らしいね」

「これだから男は……」


 椿はそわそわし始めた。

 葵は、椿の馬鹿さ加減に呆れ果てる。


「皆! 今日転校生が来るぞ!」


 椿のでかい声は、教室中に響き渡る。

 皆がその言葉に耳に疑心暗鬼となり、教室が騒めき始める。


 すると、ガラッと音を立てて古びている扉が開いた。

 灰色の紳士服はぴしっと決まっている。少し白髪が混じっている。

 胸ポケットから取り出した白いハンカチで、眼鏡を丁寧に拭いた。

 先生だ。如何にも厳しそうな風貌はいつも通り。葵と椿は焦って自分の席に滑り込む。


 次の瞬間、葵の言葉が確信へと変わる。


「転校生を紹介する」

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