第34話 コデマリ 〜変わらぬ友情〜
あれから十年の時が流れた。
高校を卒業し、皆とも名残惜しいお別れをした。だが、また会えるからそこまで悲しくはなかった。
中学校からは考えられない。悲しいなんて感情は一切湧かなかったからな。
他の皆は大学や就職などの道に進んでいった。
俺達の進路は実は昔から決まっている。
花屋の男が突然消えて、店の張り紙にこう書かれていた。
「お二人にこの花屋を託します」
最初は如何しようかと戸惑ったが、俺達は有り難く譲り受ける事にした。何せ俺達の夢を現実にするには、一番良い方法だったからだ。
そう、俺達の夢は花屋で働く事。
花で繋がった俺達だから、それに辿り着いたんだと思う。花に興味なんて無かった俺が、こうやって花屋で働くとは、当時の俺なら夢にも思うまい。
でも、恋をする他の人や花が好きな人に、とっておきの花を渡してやりたいと思っている。それで笑顔になるのなら、それはおれにとっての最高だ。
そして、それが今現実となり、この花屋で暮らしながら毎日楽しい日々を送っている。
「今日は俺がするから、休んでて!」
「うん。ごめんね……」
「何言ってんだ! もう直ぐ父親になるんだから、それぐらいさせろって」
俺達は結婚した。
花子の母親である紅葉さんに挨拶に行った時は緊張したな。でも、すんなりと許してくれた。
俺の母もあれから性格が変わって「私もお婆ちゃんか~」何て言っていた。苦手だった頃からは想像も出来ない。
柚樹さんに関しては泣いて喜んでくれて、あの時は嬉しかったな。
柚樹さんは料理人の夢を諦めなくて、もう一度フランスで修行しに、日本を旅立った。
子供が生まれたら直ぐに報告する事にしよう。喜ぶ顔が目に浮かぶ。
花子のお腹は、スイカでも入れている様に大きく膨らんでいる。それを見て、改めて実感する。
俺はとうとう父親になろうとしているんだ。
名前はもう決めてある。
「百合」
男の子だったらちょっと可愛過ぎるかもしれないけど、これは俺達の意思だ。変えるつもりはない。
女の子だったら、花子みたいな綺麗で可愛い子が生まれるのだろう。
もし、俺に似てしまったら……。それを考えるのはよそう。
時間がきたので店を仕舞う。
今日もそこそこの客が来たな。嬉しい限りだ。
今日も花に一つずつ水をやる。
オミナシエ
花言葉は「儚い恋」
たとえ儚い恋だとしても。
コリウス
花言葉は「叶わぬ恋」
たとえ叶わぬ恋だとしても。
サボテン
花言葉は「枯れない恋」
決して枯れはしない。
ウシノシタグサ
花言葉は「偽り」
百合は自分を偽者だと言った。
もう一つの花言葉は「真実」
君の存在は本物だという真実。
フジ
花言葉は「決して離さない」
もう離してなるものか。この幸せを抱き締めよう。
やっと花に水をやり終えて、携帯を開く。すると、着信履歴に懐かしい名前が載っていた。
電話を繋げて耳に当てる。
「おお、久し振りやな! 覚えてるか?」
「覚えてるに決まってるだろ? 久し振りだな、まっさー!」
「今から皆で会わへんか? 行きつけの居酒屋があるんや」
「今ちょうど仕事終わったし、良いよ」
「よっしゃ! ほな、駅前集合な~」
高校の皆と会うのは何年振りだろう。俺の事覚えてくれているのかな。忘れられていたら、かなりショックだ。
「ちょっと高校の奴らと飲みに行くけど、花子も来るか?」
「ううん、私は家にいるわ。行ってらっしゃい」
「そうか。直ぐ帰って来るよ」
駅前にタクシーで向かうと、そこにはもうメンバーが出揃っていた。
「蓮! おひさ~!」
「おお、霞! 背は相変わらず伸びてないな~」
「最初の一言目それ!? 傷付くんだけど!」
霞は見た目も中身も、何も変わっていなくて少し安心した。
今は普通のOLらしい。
「お久し振りです。蓮さん」
「菫! 新曲聴いたよ。凄く良かった!」
菫は歌手としてデビューしている。かなりの人気を誇っていて、同級生として鼻が高い。
「蓮、元気?」
「瑛里華! 仕事大変そうだな」
瑛里華は24歳で医者となった。天才女医だと巷で有名で、仕事や取材で忙しいそうだ。
医者になったのは父親の影響だろう。親と子は似るもの。最初は医者になるつもりはなく、絵師になるのが夢だったのに、人生何があるか分からないものだ。
「それじゃ行こか~」
まっさーは父親の元で車整備士として働いている。似合っているその姿の想像が簡単だ。
皆それぞれの道を進んでいる。それでもこうやってまた、同じ道を歩んでいた頃みたいに、再開出来た事が何よりも嬉しかった。
まっさーについて行って、居酒屋に入る。
大将にお座敷部屋に案内されて、机を囲む様にして座る。
「今日も一日、お疲れ様~!」
手に持ったジョッキのビールを合わせて、乾杯すると皆は良い飲みっぷりを見せる。俺はあまりお酒を飲まないので、ちょびちょびとゆっくり飲んだ。瑛里華はお酒は飲めないらしく、オレンジジュースを飲んでいた。
「それで? 花子さんとはどうなんだよ?」
まっさーがそれを言い出すと、他の皆も一斉に俺の顔に目をやった。どうやら相当に気になっているらしい。
「子供がもう直ぐ産まれるんだ。毎日が楽しくてしょうがないよ」
「ええな~! 俺もカワイ子ちゃんと早よ結婚したいわ……」
「そんなんじゃ、一生出来ないな!」
「な、何を~!?」
その夜は盛り上がって、お酒のせいか良い気分だった。どうやら弱いらしい。直ぐに睡魔が襲って来る。
「明日も早いし、そろそろ切り上げますか!」
「そうだな……」
楽しい夜は終わりを告げ、俺達は解散した。俺と瑛里華は家が近い為、そのままタクシーに乗って帰路を辿る。
「じゃあね」
「おう。またな」
そうだ。椿と葵にも今度会いに行こう。
変わらない友情とは良いものだ。




